見もの・読みもの日記

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祝・文庫化/蒼穹の昴

2004-10-17 23:51:11 | 読んだもの(書籍)
○浅田次郎『蒼穹の昴』上下 講談社 1996.4

 浅田次郎の「蒼穹の昴」が文庫化された。たまたま、発売日(15日)に三省堂に行って、大きなポスターと山積みの新刊を見つけた。

 それより私の目をひいたのは、書店員のPOP(手書き広告)である。「8年前に涙した同じ本を、書店員として購買者に薦めることの感慨」みたいなことが、比較的律儀な文字で書いてあった。たぶん若い店員さんなのだろう。そうか、8年経ってもこの本の感動って色褪せないんだなあ、としみじみした。

 私がこの小説を読んだのは、つい1年ほど前のことである。清末~民国初期を舞台にした中国のTVドラマ「走向共和」に興味を持って、ネットでいろいろ調べているうちに、この小説のタイトルにめぐり合った。ネット上に感想を掲載している人が、口をそろえて誉めているので、読んでみたら、なるほど納得した。

 時代は中国清朝末期、貧しい農民の少年、春児(チュンル)は宦官になり、西太后の側に仕えるまでに出世する。彼を取りまく登場人物のうち、西太后、光緒帝、李鴻章、袁世凱くらいまでは、日本人でも知っているだろう。栄禄、李蓮英、恭親王奕訴あたりになると、一般にはなじみの薄い名前だと思う。

 この複雑な時代、多様な登場人物をよく調べあげたものだと感心した。小説家ってすごいものだな。しかも、紋切り型の善人/悪人でなく、作者の深い理解と愛情によって、いずれも魅力と生彩に富む人物に造型されている。教科書では絶対に学べない歴史がここにはある。

 さらに、万朝報特派員の岡圭之介、京劇役者の黒牡丹など、くせのある創作人物を加えることで、清末の中国という舞台を、より多面的に描き出すことに成功している。ただし、主人公の春児と第二主人公の梁文秀(梁啓超がモデルという説あり)を除くと、創作された人物より、実在の人物のほうが生き生きと動いているように感じる。

 物語の主題は、人間の善意に対する信頼。違うかしら。歴史というものの巨大さ、冷酷さの前では、人間なんて、大清帝国の皇帝も糞拾いの孤児も大した違いはなく、無駄と知りながら一片のはかない善意を通すことによってしか、存在を示せないものだ、と言われているように思ったのだ。まあ、とにかく泣きましたし、泣きながら癒されました。

 文庫化によって、新しい読者、特に若い読者が生まれることに期待したい。

 ところで、2003年に制作された中国のTVドラマ「走向共和」は、「蒼穹の昴」の影響を受けていないだろうか? 私はひそかに、深く疑っているのである。

 それと、本編に続いて、続編「珍妃の井戸」(講談社 1997.12)を発表した作者であるが、さらに第三編に当たる、中国近代史を題材とした小説を執筆中という噂をネットで読んだ記憶があるんだけど、いま、見つからない。どうなったのかなあ。

【追記】後日、上記のPOP広告は、手書きに見せかけて、実は印刷形態で全国に配られていたもの(らしい)と判明。いやになっちゃうなあ、まあ、騙された私が悪いわけだが。

コメント
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