見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

利休の気持ち/町田市立博物館

2005-06-09 18:26:59 | 行ったもの(美術館・見仏)
○町田市立博物館『東南アジアの壺―仮面とともに―』展

http://www.city.machida.tokyo.jp/shisetsu/cul/d_cul02_y/cul02/index.html

 学芸員をしている知人から「こんなのやっているんですけど」と教えられて、初めて行った博物館である。町田駅からバスで15分くらい。平屋造りの博物館の隣には、深い雑木林が広がっている。縄文・弥生時代の住居跡が見つかったので、遺跡公園と呼ばれているらしい。

 東南アジアの焼き物を、こんなふうにまとめて見るのは初めてのことで、いろいろ興味深かった。展示は2室。最初の部屋にあるものは、最大径が40cm以上もあって、かなり大きい。水でも穀類でも、中味が半分も入っていたら、もう持ち上がらないのではないかと思う。最盛期の伊万里や中国の陶磁器にも、かなり大きいものがあるが、皇帝や貴族の大邸宅を飾った華麗な贅沢品とは、だいぶ趣きが異なる。これらは生活用品であると同時に、神の宿る霊的な財産(威信財と呼ぶ)でもあった。壺には雌雄があり、時には予言をし、時には壺どうしで結婚(!?)することもあるとか。

 私がその霊妙さを感じたのはミャンマー産の壺である。胴まわりに比べて背の低い、よく栄養を貯めたクロッカスの球根のようなかたちをしていた。色は黒褐釉(全体が濃茶色)とか白釉褐彩(薄茶に濃茶で文様を描く)とか、大地の恵みを凝縮したような茶色が多い。一方、ベトナムには青花と呼ばれる種類の壺もあるが、中国趣味の青花と違って、地の白と文様の青の境が定かでなく、いかにも南方の湿気の多い空気を思わせる。

 第2室には、花入れや茶入れになりそうな小型の壺が集められていた。そうそう、利休って、こういう南方の焼き物の美を愛でて、銘を付けたり、目利きをしたりして遊んでいたのではなかったっけ。

 手のひらに隠れるほどのミニサイズの壺は、檳榔(びんろう)を噛むのに用いる石灰を入れていたものだという。たぶん現地では使い捨てくらいの気持ちで大量に焼かれているのだと思うが、ひとつひとつ微妙な差異と風合いが楽しかった。
コメント
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