○平山蘆江『蘆江怪談集』(ウェッジ文庫) ウェッジ 2009.10
丸善本店の松丸本舗で見つけた1冊。蘆江? 聞いたことがあるような、ないような。都新聞の花柳・演芸欄を担当した粋人記者であるという。その名前の古めかしさと、和田誠さんの装丁の洒脱さ(愛らしいけど怖い)に惹かれて買ってみた。
もとは昭和9年(1934)神田淡路町の岡倉書房から著者の自画自装で刊行された短編集で、12編の怪談小説と随筆「怪異雑記」を収める。幕末の怪談狂言に取材した「お岩伊右衛門」、「十人の中、三人ぐらゐはチョン髷があってまだ蝙蝠傘といふものの珍しい時分」で始まる「空家さがし」など、全体に江戸のゆっくりした時間が流れている。按摩、仲間(ちゅうげん)、茶見世の婆、旅の僧、乞食など、登場人物も江戸ふうだ。鉄道や電話など、近代ならではの小道具が登場すると、少し違和感を感じてしまうのだが、著者の蘆江(1882-1953)は、それほど江戸に近い生まれではなく、日露戦争以降に本格的に活躍した世代である。
だから、蘆江の描く江戸は、体験から浮かび上がってくるものではなく、どこか知的に構成された感じがする。いや、でも、花柳界や演劇界は、江戸も明治も一続きだったのかな…。よく分からない。
少なくとも、登場する女性は着物姿しか思い浮かべることができない。男性も、まさかチョン髷は頭に載せていないと思うが、古風な道徳を身につけた紳士である。しかし、だからこそ、男性も女性も、抑えつけた情念が、われしらず噴きこぼれるようなところが、蘆江怪談の怖さではないかと思う。「火焔つつじ」はすごいなあ。読めば読むほど怖い。「投げ丁半」は怪談の味付けをしているが、旦那持ちの芸者と旦那の親友の、モヤモヤした関係を主題とした一編。こういう大人の「情話小説」が、私はわりと好きだ。現代小説には望むべくもないと思うが…。子どもにだけ姿を見せる「二階の叔母さん」を描いた「うら二階」は、一種のジェントル・ゴースト・ストーリーだが、いつか幽霊の態度が豹変するのではないかという不安が残って、やっぱり怖い。
あと、本書を読んでいて、川に飛び込んで心中したり、野辺に打ち捨てられた死体は、時間の経過によって、顔が分からなくなることが多かったんだなあ、と気づいた。江戸の怪談にのっぺらぼうがよく登場するのは、当時の人々が、死体に遭遇する機会が多かったことの反映なのだろう。あれは「死体」の生々しさなのだ、と思ったら、怖くなった。
ところで、ウェッジ文庫って、聞かない名前だと思ったら、東海旅客鉄道(JR東海)グループの出版社(株)ウェッジが出しているのだそうだ。あの、いろんな図書館にムダに送りつけられている雑誌「WEDGE」を出しているところか、と思ったが、書籍(特に文庫)のラインナップを見ると、なかなか面白い作品を取り上げている。注目しておこう。
丸善本店の松丸本舗で見つけた1冊。蘆江? 聞いたことがあるような、ないような。都新聞の花柳・演芸欄を担当した粋人記者であるという。その名前の古めかしさと、和田誠さんの装丁の洒脱さ(愛らしいけど怖い)に惹かれて買ってみた。
もとは昭和9年(1934)神田淡路町の岡倉書房から著者の自画自装で刊行された短編集で、12編の怪談小説と随筆「怪異雑記」を収める。幕末の怪談狂言に取材した「お岩伊右衛門」、「十人の中、三人ぐらゐはチョン髷があってまだ蝙蝠傘といふものの珍しい時分」で始まる「空家さがし」など、全体に江戸のゆっくりした時間が流れている。按摩、仲間(ちゅうげん)、茶見世の婆、旅の僧、乞食など、登場人物も江戸ふうだ。鉄道や電話など、近代ならではの小道具が登場すると、少し違和感を感じてしまうのだが、著者の蘆江(1882-1953)は、それほど江戸に近い生まれではなく、日露戦争以降に本格的に活躍した世代である。
だから、蘆江の描く江戸は、体験から浮かび上がってくるものではなく、どこか知的に構成された感じがする。いや、でも、花柳界や演劇界は、江戸も明治も一続きだったのかな…。よく分からない。
少なくとも、登場する女性は着物姿しか思い浮かべることができない。男性も、まさかチョン髷は頭に載せていないと思うが、古風な道徳を身につけた紳士である。しかし、だからこそ、男性も女性も、抑えつけた情念が、われしらず噴きこぼれるようなところが、蘆江怪談の怖さではないかと思う。「火焔つつじ」はすごいなあ。読めば読むほど怖い。「投げ丁半」は怪談の味付けをしているが、旦那持ちの芸者と旦那の親友の、モヤモヤした関係を主題とした一編。こういう大人の「情話小説」が、私はわりと好きだ。現代小説には望むべくもないと思うが…。子どもにだけ姿を見せる「二階の叔母さん」を描いた「うら二階」は、一種のジェントル・ゴースト・ストーリーだが、いつか幽霊の態度が豹変するのではないかという不安が残って、やっぱり怖い。
あと、本書を読んでいて、川に飛び込んで心中したり、野辺に打ち捨てられた死体は、時間の経過によって、顔が分からなくなることが多かったんだなあ、と気づいた。江戸の怪談にのっぺらぼうがよく登場するのは、当時の人々が、死体に遭遇する機会が多かったことの反映なのだろう。あれは「死体」の生々しさなのだ、と思ったら、怖くなった。
ところで、ウェッジ文庫って、聞かない名前だと思ったら、東海旅客鉄道(JR東海)グループの出版社(株)ウェッジが出しているのだそうだ。あの、いろんな図書館にムダに送りつけられている雑誌「WEDGE」を出しているところか、と思ったが、書籍(特に文庫)のラインナップを見ると、なかなか面白い作品を取り上げている。注目しておこう。