見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

古写真と芸術写真/知られざる日本写真開拓史:四国・九州・沖縄編(写美)ほか

2011-04-17 20:03:27 | 行ったもの(美術館・見仏)
東京都写真美術館 『夜明けまえ 知られざる日本写真開拓史:四国・九州・沖縄編』(2011年3月8日~5月8日)

 古写真に興味があるので、このシリーズは毎回見に行っている。「I.関東編」が2007年、「II.中部・近畿・中国地方編」が(書き落としているけど)2009年、そして今回が「III.四国・九州・沖縄編」である。きっと幕末長崎の風景がたくさん出てくるんだろうな、と思ったら、そうでもなかった。あくまでも当該地方の施設が所蔵する古写真の調査なので、二重橋、九段、浅草寺など、意外と東京の風景が多い。上京した人々が、お土産として故郷に持ち帰ったものだろうか。

 少数だが長崎の町並みを写したものもあって、家が小さい(低い)わりに道幅が広いという印象を受けた。上野彦馬が撮った明治10年頃の田原坂の写真に、既に電柱が立ち、電線がびっしり張り巡らされていることに、私はかなり驚いたのだが、驚くことではないのかな。

 どの地方でも、現存する古写真で最も多いのは人物写真である。無名人の肖像に混じるようにして、西園寺公望、井上馨、中岡慎太郎などが不意に登場する。丁汝昌があったのにはびっくり(上野彦馬撮影)。明治24-25(1891-92)年頃と推定されている。清朝の軍人ではもうひとり、劉永福の肖像もあった。また、明治初年には、すでに歌舞伎役者のブロマイドも作られていたようだ。

 明治中期の写真で、一緒に写っている人物が黒く塗りつぶされていることがあるのは、故人の肖像は顔を削り取る習慣があったためだという。ちょっと怖いが納得した。

 併設の『芸術写真の精華 日本のピクトリアリズム 珠玉の名品展』(2011年3月8日~5月8日)も見ていく。以前、神奈川県立近代美術館(葉山)の『画家の眼差し、レンズの眼-近代日本の写真と絵画』で見て衝撃を受けた黒川翠山の1枚に再会できて、嬉しかった。ピクトリアリズム(絵画主義)には、水墨画志向、水彩画志向、抽象画志向など、さまざまな方向性があるが、レタッチ(修正)とデフォルマシオン(誇張)の行き着く果て、これは写真である必要があるのか?と考えてしまう作品もあった。
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ゆるくて、かわいい/日本の素朴絵(矢島新)

2011-04-17 08:39:47 | 読んだもの(書籍)
○矢島新『日本の素朴絵』 ピエ・ブックス 2011.3

 書店で見つけて、思わず動揺してしまうくらい、うれしい本が出た。日本の絵画史の上で、なぜか時代を超えて引き継がれ、人々に愛されてきた「素朴絵」の系譜を、豊富なビジュアルでたどった1冊である。解説は、矢島新氏。前職の松濤美術館学芸員だったときに『素朴美の系譜』展(2008/2009年)を開催されているので、当時の展示図録の焼き直しかな?と思ったが、そうではなくて、新たに書き下ろし、編集されているようだ。

 私は、本書のいうところの「素朴絵」が大好きである。冒頭の解説にしたがえば、「素朴」の反対は「人為」であり、近代以前の絵画では「人為」の極点はリアリズムだった。したがって「素朴絵」の定義は、「リアリズムのみを目標としないおおらかな具象画」となる。ただし、西洋絵画でいう素朴派(アンリ・ルソーとか)やアウトサイダー・アートはちょっと脇に置く。

 日本の場合、王朝貴族の時代から、完璧を追求する中国文明の美意識が、つねに目標として存在した。しかし、タテマエは中国文明を目標と掲げつつも、その厳格、重厚な造形は「貴族たちにとって、キツすぎるように感じられたのかもしれない」という記述に笑ってしまった。そうそう、美術も文学も哲学も(あと政治も)「ゆるい」のが好きなんだと思うなあ、日本人は。

 掲載作品は、『素朴美の系譜』展と重なるものもあれば、重ならないものもある。奈良絵本『かるかや』は、同展ですっかり心を奪われた作品だが、いま、サントリー美術館の『夢に挑む コレクションの軌跡』展(~5/22)で公開中。大好きな『築島物語絵』も日本民藝館の名品展(~6/26)に出ているはずなので、行かなきゃ。

 例外的に『華厳五十五所絵巻』みたいな国宝の「素朴絵」もあるが、美術館の収蔵品にもならず、図書館や文庫などに埋もれている(?)作品が多いことに気づく。『雀の発心』『かみ代物語絵巻』は西尾市岩瀬文庫所蔵。特に後者、ワニ(!)に乗った火々出見尊の図、実物が見たい!

 写真図版は、必ずしも本書のために撮り直さなかったのか、ピントの甘いものがある。「素朴絵」の醍醐味は、細部への注目にあって、さすが、本書が「ここ」と選んで拡大した箇所は、どれも秀逸であるだけに残念だ。応挙描く、手拭いかぶって踊るネコ、好きだなあ。白隠のカマキリもかわいい。人間や動物はリアリズムを離れても受け入れられるのに、人工的な建造物を「素朴絵」タッチで描くと、こんなに笑えるのはなぜなんだろう。『玉垂宮縁起』の「もぞもぞ動いているよう」な太鼓橋とか、『築島物語絵』の三連社殿とか(エッシャーみたい)。

 石仏、工芸にもそれぞれ1章が当てられている。長野県・修那羅(しょなら)峠の石仏群は初めて知った。掲載写真がプロの作品だからかも知れないが、すごく魅力的に感じられた。調べてみたら、車なしでも見に行けないことはないか…足腰きたえておかないと。

 それから、本の帯に記された赤瀬川原平さんのコピーが好きだ。「鎧で固めた歴史の中を、裸で通り抜けてきた『素朴』のある事実が、何より嬉しい」って、じわじわくる。緊張と奮闘を強いられる昨今、あえて不謹慎を承知で、堂々と裸になって、ゆるんでいこう。
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