見もの・読みもの日記

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醤油がいちばん/拙者は食えん!(熊田忠雄)

2011-05-11 00:09:48 | 読んだもの(書籍)
○熊田忠雄『拙者は食えん!:サムライ洋食事始』 新潮社 2010.4

 冒頭、著者がヨーロッパ旅行で一緒になったという、70代半ばの男性のエピソードに微笑んでしまった。海外旅行が趣味で、ひとりでツアーに参加している元気な男性であったが、パンや肉料理が口にあわず、スーツケースにぎっしり日本食を詰めて持ち歩いていたのである。いるいる、こういうお爺ちゃん・お婆ちゃん。外国語を取得したり、外国文化になじむことはできても、刻印された「味覚」までは変えることができないのだろう。

 本書は、開国直後から明治初年に海を渡った日本人の「洋食との格闘シーン」をたどった労作。著者も書いているとおり、開国直後に海を渡った男たち(ほとんどが「武士」である)が、「食」について、これほど多くの記録を残しているとは、ちょっと意外な感じがした。もちろんその多くは、『西洋事情』のような公刊の著作ではなく、私的な日記や書簡のかたちで残されたものだ。巻末の参考引用文献一覧を眺めていると、広汎な資料を渉猟した著者の苦労もさることながら、日本人って日記(記録)好きだなあとしみじみ思う。

 記録せずにいられなかった渡航者たちの気持ちも分かる。当時は、アメリカにしろヨーロッパにしろ、到着まで何十日もかかる船旅で、その間、逃げ道はない。味覚を克服して、あてがわれる「洋食」に馴染まなければ、飢えて死んでしまう。彼らにとっては、文字どおり決死の格闘であったことだろう。笑ってはいけない。バターや牛乳の臭いは徹底的に呪われている。食事の味付けが「薄い」「甘い」という不満も多い。醤油が何より恋しくなるようだ。遣米使節団のひとりは、帰路、「一同醤油を欲する、大旱ノ雨を望むが如し」と日記に記している。その一方で、アイスクリームや果物、シャンパンなどの「甘味系」が、おおむね好評なのも面白い。

 私は、遣米・遣欧使節団が、実際にどういう航路をたどったか、本書を読んで初めて認識した。遣米使節団って喜望峰まわりで帰ってきたのか。ジャワ島のバタビアで、オランダ商人が持ち込んだ醤油を入手することができたときは、ほとんど全員がそのことを日記に留めているという。嬉しかったんだなー。アフリカでは、日本語の分かる果物売りに出会ったりもしている(玉虫日記)。

 遣欧使節団は、オランダのハーグで「日本屋」という商店を見つけ、日本の醤油を発見する。これも嬉しい驚きだったろうなあ。在欧日本人などいなかった時代だから、日本滞在中に醤油の味を覚えたオランダ人のために売られていたのだろうか、と著者は推測している。当時の地球の「広さ」と「狭さ」を随所に感じることができる。やっぱり、食いものの話は面白い。
コメント
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