○鶴見俊輔『ちいさな理想』 理想社 2010.3
「随筆を英語で何というか?」という問題に触れた文章が中にあって、ドナルド・キーン氏は「筆にまかせて(フォロイング・ザ・ブラッシュ)」と答えている。エッセイという様式とはちょっと違う。まさにそんな(=筆まかせ)感じのする、品格を備えて、かつ偉ぶらない雑文集である。
2009年10月の日付のある「あとがき」で、鶴見さんは「私の晩年の文章」と読んでいるけれど、「初出一覧」を見ると、1990年代初めから2008~09年まで、ひとくちに「晩年」と言っても、幼児なら成人してしまうくらい長い。さらにネタバレをすると、1950~60年代初出の文章も、なぜか数編混じっている。なので、『思い出袋』(岩波、2010)や『かくれ佛教』(ダイヤモンド社、2010)ほどには、文章のトーンが統一されていない。ときどき、きらっと若さの見える文章があって、驚かされることがあった(私の印象が当たっていたかどうかは検証していないが)。
本書には、有名無名のたくさんの人々、事件、映画、演劇などが登場するが、書籍についての論評も多い。加藤陽子さんの『それでも、日本人は戦争を選んだ』(朝日出版社、2009)に思わず投げかけた「こんな本がつくれるのか?/この本を読む日本人がたくさんいるのか?」という表現には、疑問形でしか表せなかった著者の素直な驚きを感じた。
森於菟の『耄碌寸前』について鶴見さんが書いているのは1989年だが、私が読んだのは最近である。鴎外の『妄想』と比べて、森於菟に軍配を上げている。鴎外の『妄想』も心に残る文章だが、まだ「衒い」がある由。むかし読んだが忘れてしまったなあ。かと思えば、マンガ『がきデカ』の読みは鋭すぎる。敢えてここには趣旨を書かない。少年誌に連載当時、私は少しも好きになれなかった作品だが、そうか、こういうふうに読むのか、と思った。
読んでみたいと思ったのは、ツヴァイクの『マリー・アントワネット』。萩原延寿の『陸奥宗光』など。主人公たちに、問答無用のヒロイン、ヒーローの魅力があるわけではない。でも年齢を重ねると、嫌なヤツとかつまらない人生にも、なぜか関心が向くのである。それから、老齢になると、体系的でなく自然と「昔」を思うようになり、それも自分の生涯よりも長く、黒船来航くらいから日本のことを考えるようになった、という。これも、なんとなく分かる。
人生50年でこんなことをいうのはまだ早いだろうか。自分の思考や認識がどう変わっていくのか、老いの先達を追いかけてみるのもまた楽しい。
※画像は編集グループ〈SURE〉のサイトからお借りしてます。
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「随筆を英語で何というか?」という問題に触れた文章が中にあって、ドナルド・キーン氏は「筆にまかせて(フォロイング・ザ・ブラッシュ)」と答えている。エッセイという様式とはちょっと違う。まさにそんな(=筆まかせ)感じのする、品格を備えて、かつ偉ぶらない雑文集である。
2009年10月の日付のある「あとがき」で、鶴見さんは「私の晩年の文章」と読んでいるけれど、「初出一覧」を見ると、1990年代初めから2008~09年まで、ひとくちに「晩年」と言っても、幼児なら成人してしまうくらい長い。さらにネタバレをすると、1950~60年代初出の文章も、なぜか数編混じっている。なので、『思い出袋』(岩波、2010)や『かくれ佛教』(ダイヤモンド社、2010)ほどには、文章のトーンが統一されていない。ときどき、きらっと若さの見える文章があって、驚かされることがあった(私の印象が当たっていたかどうかは検証していないが)。
本書には、有名無名のたくさんの人々、事件、映画、演劇などが登場するが、書籍についての論評も多い。加藤陽子さんの『それでも、日本人は戦争を選んだ』(朝日出版社、2009)に思わず投げかけた「こんな本がつくれるのか?/この本を読む日本人がたくさんいるのか?」という表現には、疑問形でしか表せなかった著者の素直な驚きを感じた。
森於菟の『耄碌寸前』について鶴見さんが書いているのは1989年だが、私が読んだのは最近である。鴎外の『妄想』と比べて、森於菟に軍配を上げている。鴎外の『妄想』も心に残る文章だが、まだ「衒い」がある由。むかし読んだが忘れてしまったなあ。かと思えば、マンガ『がきデカ』の読みは鋭すぎる。敢えてここには趣旨を書かない。少年誌に連載当時、私は少しも好きになれなかった作品だが、そうか、こういうふうに読むのか、と思った。
読んでみたいと思ったのは、ツヴァイクの『マリー・アントワネット』。萩原延寿の『陸奥宗光』など。主人公たちに、問答無用のヒロイン、ヒーローの魅力があるわけではない。でも年齢を重ねると、嫌なヤツとかつまらない人生にも、なぜか関心が向くのである。それから、老齢になると、体系的でなく自然と「昔」を思うようになり、それも自分の生涯よりも長く、黒船来航くらいから日本のことを考えるようになった、という。これも、なんとなく分かる。
人生50年でこんなことをいうのはまだ早いだろうか。自分の思考や認識がどう変わっていくのか、老いの先達を追いかけてみるのもまた楽しい。
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