○東京芸術大学美術館 『近代洋画の開拓者 高橋由一』(2012年4月28日~6月24日)
近代洋画の開拓者、高橋由一(1828-1894)の全貌を紹介する展覧会。「ああ、思い出した、あの鮭だ。」というコピーが、抜群に巧いと思った。教科書で必ず目にする、そして忘れがたい「鮭」の絵を描いたあの画家である。
私は近代初期の日本の洋画が好きなので、由一の作品もずいぶん意識的に見てきたつもりだったが、「プロローグ~油絵以前」には、知らない作品がいろいろあって、面白かった。『丁髷姿の自画像』は初見かな。顔色が茶色く、頭髪も少し茶ばんでいる。博物図譜の制作に携わったことは知っていたが、展示資料のスケッチブックに描かれた鳥や動物は、ディズニーアニメみたいで可愛かった。
初期洋画の「人物画」は、由一に限らず、闇に浮かぶ生首みたいに「暗い」イメージがあるのだが、まれに明るい色彩を持つものもある。保存環境の差なのだろうか。私の好きな作品は、写真を手本に描いたと言われる『初代玄々堂像』、貴顕らしからぬ愛嬌を感じる『西周像』。『花魁』は、顔より着物の質感が気にかかる。羽毛を貼り付けたような右袖とか、絞りの結い綿とか。
「風景画」は、この展覧会で、いちばん感銘を受けたセクション。由一に、こんなに多数の風景画があるとは知らなかった。構図や題材には広重の影響が感じられるというが、一方で、本格的な油彩ならではの透明感が、開放的な空の描写に活かされている。『洲崎』いいなあ。香川の金刀比羅宮所蔵だから、私、見ているかもしれないけど。横長の画面、浜辺に打ち上げられた小舟。よく見ると、仰向けに横たわる人の姿。潮の匂いを含んだ空気が、静かに流れていく感じがする。ほかにも、繰り返し描かれる高い空、ちぎれ雲が印象的だった。
異色の作品に『長良川鵜飼』(東博)『鵜飼図』(ポーラ美術館)というのがあって、夏の暑さを厭わしく思われる両陛下に、涼を感じていただくために描かれたものだという。節電に協力くださる今上陛下にも、こんな献上品はいかがだろう。
「静物画」で登場するのが『鮭』。…以下、ネタバレするのが惜しいな。え?と思ったのは一匹(一尾)ではなくて、鮭・鮭・鮭の三幅対状態なのである。中央が芸大の重要文化財の『鮭』。左は山形美術館寄託の『鮭』。右は笠間日動美術館の配達札つき『鮭図』。なかなか重厚な舞台拵えで、しかも芸大と笠間の鮭は、ぶ厚い金の額縁に収まっている。しかして、その中身が、半身をそぎおとされた荒巻鮭…。ちょっとパロディみたいで笑えた。近代洋画の三幅対といえば、黒田清輝の『智・感・情』を思い出したこともあって。
最後の『甲冑図』もいいなあ。西南戦争後に描かれたもので、武士の世の終わりを感じさせるという。うむ、くたりと脱ぎ置かれた腹巻に、さっきまでこの甲冑を来ていた武士の「不在」を意識させる生々しさが漂う。
ああ楽しかった~という気分で、地下2階の第2会場に向かい、まだ「東北風景画」が残っていたことを思い出す。晩年の由一は、栃木・山形・福島の県令をつとめ、「土木県令」とも呼ばれた三島通庸の業績を絵画に残すことを進言し、実行した。実際に東北新道をくまなく歩き、『三島県令道路改修記念画帖』という石版画集を出版している。このセクションでは、東北にちなむ油彩風景画、そして、多数の石版画(出版されたのは総計128図)と下絵スケッチを対比的に展示する。地図を見ると、こんなに歩いたのか、と信じられない行程である。さすが、サムライ。
油彩の風景画は、『栗子山隧道図』みたいに力の入った作品もあれば、力が抜け過ぎの『山形市街図』みたいな不思議な作品もある。全般的に、若い頃の、透明感のある空が見あたらず、やっぱり東北の空は暗いのかな、と思った。しかし、『記念画帖』の田舎風景をゆっくり眺めていくと、いつの間にか、風の吹きぬけていく高い空とちぎれ雲が戻っていて、ほっとする感じだった。
※三重県立博物館:高橋由一作品解説
由一の「鮭」は、3作品どころか、まだまだあるという衝撃の事実。
※マルハニチロホールディングス「サーモンミュージアム」
荒俣宏さんが、本展に出品されている「鮭」3作品について語る。
※金刀比羅宮 美の世界
田中優子先生は私と同じく『洲崎』が好きなのか。嬉しい。
※本展・公式サイト
この展覧会、地下2階で見終わるので、1階に出ると、2階のカフェ&ミュージアムショップをスルーする結果になってしまう。あらためて公式サイトを見たら、鮭缶キャンディとか鮭フィギュアストラップとか、面白いグッズが揃っているのに、しまった。ミュージアムカフェの「由一スモークサーモンサンド」もいいが、大浦食堂(学食)の「由一鮭定食」が食べたい。場所はミュージアムカフェの下らしい。→学食ナビ。
近代洋画の開拓者、高橋由一(1828-1894)の全貌を紹介する展覧会。「ああ、思い出した、あの鮭だ。」というコピーが、抜群に巧いと思った。教科書で必ず目にする、そして忘れがたい「鮭」の絵を描いたあの画家である。
私は近代初期の日本の洋画が好きなので、由一の作品もずいぶん意識的に見てきたつもりだったが、「プロローグ~油絵以前」には、知らない作品がいろいろあって、面白かった。『丁髷姿の自画像』は初見かな。顔色が茶色く、頭髪も少し茶ばんでいる。博物図譜の制作に携わったことは知っていたが、展示資料のスケッチブックに描かれた鳥や動物は、ディズニーアニメみたいで可愛かった。
初期洋画の「人物画」は、由一に限らず、闇に浮かぶ生首みたいに「暗い」イメージがあるのだが、まれに明るい色彩を持つものもある。保存環境の差なのだろうか。私の好きな作品は、写真を手本に描いたと言われる『初代玄々堂像』、貴顕らしからぬ愛嬌を感じる『西周像』。『花魁』は、顔より着物の質感が気にかかる。羽毛を貼り付けたような右袖とか、絞りの結い綿とか。
「風景画」は、この展覧会で、いちばん感銘を受けたセクション。由一に、こんなに多数の風景画があるとは知らなかった。構図や題材には広重の影響が感じられるというが、一方で、本格的な油彩ならではの透明感が、開放的な空の描写に活かされている。『洲崎』いいなあ。香川の金刀比羅宮所蔵だから、私、見ているかもしれないけど。横長の画面、浜辺に打ち上げられた小舟。よく見ると、仰向けに横たわる人の姿。潮の匂いを含んだ空気が、静かに流れていく感じがする。ほかにも、繰り返し描かれる高い空、ちぎれ雲が印象的だった。
異色の作品に『長良川鵜飼』(東博)『鵜飼図』(ポーラ美術館)というのがあって、夏の暑さを厭わしく思われる両陛下に、涼を感じていただくために描かれたものだという。節電に協力くださる今上陛下にも、こんな献上品はいかがだろう。
「静物画」で登場するのが『鮭』。…以下、ネタバレするのが惜しいな。え?と思ったのは一匹(一尾)ではなくて、鮭・鮭・鮭の三幅対状態なのである。中央が芸大の重要文化財の『鮭』。左は山形美術館寄託の『鮭』。右は笠間日動美術館の配達札つき『鮭図』。なかなか重厚な舞台拵えで、しかも芸大と笠間の鮭は、ぶ厚い金の額縁に収まっている。しかして、その中身が、半身をそぎおとされた荒巻鮭…。ちょっとパロディみたいで笑えた。近代洋画の三幅対といえば、黒田清輝の『智・感・情』を思い出したこともあって。
最後の『甲冑図』もいいなあ。西南戦争後に描かれたもので、武士の世の終わりを感じさせるという。うむ、くたりと脱ぎ置かれた腹巻に、さっきまでこの甲冑を来ていた武士の「不在」を意識させる生々しさが漂う。
ああ楽しかった~という気分で、地下2階の第2会場に向かい、まだ「東北風景画」が残っていたことを思い出す。晩年の由一は、栃木・山形・福島の県令をつとめ、「土木県令」とも呼ばれた三島通庸の業績を絵画に残すことを進言し、実行した。実際に東北新道をくまなく歩き、『三島県令道路改修記念画帖』という石版画集を出版している。このセクションでは、東北にちなむ油彩風景画、そして、多数の石版画(出版されたのは総計128図)と下絵スケッチを対比的に展示する。地図を見ると、こんなに歩いたのか、と信じられない行程である。さすが、サムライ。
油彩の風景画は、『栗子山隧道図』みたいに力の入った作品もあれば、力が抜け過ぎの『山形市街図』みたいな不思議な作品もある。全般的に、若い頃の、透明感のある空が見あたらず、やっぱり東北の空は暗いのかな、と思った。しかし、『記念画帖』の田舎風景をゆっくり眺めていくと、いつの間にか、風の吹きぬけていく高い空とちぎれ雲が戻っていて、ほっとする感じだった。
※三重県立博物館:高橋由一作品解説
由一の「鮭」は、3作品どころか、まだまだあるという衝撃の事実。
※マルハニチロホールディングス「サーモンミュージアム」
荒俣宏さんが、本展に出品されている「鮭」3作品について語る。
※金刀比羅宮 美の世界
田中優子先生は私と同じく『洲崎』が好きなのか。嬉しい。
※本展・公式サイト
この展覧会、地下2階で見終わるので、1階に出ると、2階のカフェ&ミュージアムショップをスルーする結果になってしまう。あらためて公式サイトを見たら、鮭缶キャンディとか鮭フィギュアストラップとか、面白いグッズが揃っているのに、しまった。ミュージアムカフェの「由一スモークサーモンサンド」もいいが、大浦食堂(学食)の「由一鮭定食」が食べたい。場所はミュージアムカフェの下らしい。→学食ナビ。