見もの・読みもの日記

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最近の大学講義/知の訓練(原武史)

2014-08-02 21:42:20 | 読んだもの(書籍)
○原武史『知の訓練:日本にとって政治とは何か』(新潮新書) 新潮社 2014.7

 本書はけっこう売れているらしい。著者本人がツイッターでそんな情報を流していた。「はじめに」の末尾によれば、本書は著者の勤務先である明治学院国際学部で2012年9月から13年1月にかけて行われた講義「比較政治学」の録音をもとにしたもので、講義を聴いていたのは、主に大学二、三年生だという。「いまどきの普通の大学生にもわかりやすい講義を心掛けたので、難しい学問用語や概念装置はできるだけ使わないようにしましたが、私自身の研究成果が随所に織り込まれており、レベルを下げたつもりはありません」と著者は誇らかに宣言しているが、うーん、これには全面同意しかねる。

 本書の章立ては「時間と政治」「広場と政治」「神社と政治」「宗教と政治」「都市と政治:東京編」「都市と政治:大阪編」「女性と政治」と進む。テーマを問わず、原先生の著書(一般向けのものに限るが)を幅広く愛読してきた私は、それぞれの章に関連書をマッピングできるくらいの自信があり、「私自身の研究成果が随所に織り込まれており」がウソでないことは分かる。しかし本書を読んでいると、これは高校生を相手にしているのでないか、と目を疑う箇所が随所にある。ちなみに私は著者と同世代なので、最近の大学の講義のスタイルや、大学二、三年生の実態は詳しく知らない。

 はじめにそう思ったのは、著者と吉田裕氏の共同編集による『岩波 天皇・皇室辞典』(2005)に著者が執筆した「時間」という項目のコピーを配って、その200字程度の文章の意味を、親切にイチから注釈をつけてあげている箇所。いやいや…外国語でもないし、古文や漢文でもないのだよ。わずか10年ほど前に刊行された一般向けの図書の記述が、教師のサポートがないと大学生に「ちんぷんかんぶん」なのか? 大学って、もっと高レベルな知的訓練が行われている場所だと思っていた私には(悪い意味で)衝撃的で、本書のほかの印象を、全てどこかに吹き飛ばしてしまった。

 とは言いながら、著者のかつての研究テーマを、現在の政治・社会状況とすり合わせて再考するのは面白かった。皇居前広場では、もう50年以上も政治的な集会が開かれていないというが、そもそも近年は「政治的な集会」自体が下火だった。原発問題、憲法、ヘイトスピーチなどをめぐって、再び若者が仮想空間を飛び出し、街頭に立ちつつある(ように見える)昨今、これから近いうちに、皇居前広場で政治集会が行われる可能性はあるのか、考えた。

 「帝都」東京と「民都」大阪という対比は、著者の本で知った見立てで、非常に気に入っている。大阪を論じた章の最後に「東京=日本と思ってはいけない」という教訓とともに、ある社会学者が1968年を頂点とする大学紛争をテーマとする本を出したとき(言わずもがなだが、小熊英二著『1968』だろう)、この本には関西の大学が一つも取り上げられていないという批判があったというのは、新鮮に感じた。私も東京生まれ・東京育ちだから、思いもよらなかったのだ。

 最近の教室の風景を彷彿とさせる箇所もいろいろある。「神社を知っているだけ書いてください」という「抜き打ちテスト」は、学生を授業についてこさせるための工夫なのだろうけど、面白かった。「答え合わせ」の著者と学生の会話も面白い。私は神奈川ローカルの森戸神社も阪急線ローカルの清荒神も知ってました(笑)。こうして、さまざまな具体的な神社を思い描いたあとで、靖国神社の特殊性を検証する手法は巧い。説得性がある。

 さらに東京(及び大阪)の名所旧跡や施設の名前を挙げて「どこの区、市、町にあるかを答えてください」という「抜き打ちテスト」も行っている。個人的には、近年、大阪に詳しくなりつつある自分の成績に満足。でも車を使わず、もっぱら鉄道を使って移動していると、最寄り駅は分かっても区や町名は覚えないものじゃないかな。私だけだろうか。

 本書は講義「比較政治学」の半分にあたり、後半も刊行の予定があるとのこと。楽しみである。まだ「鉄道」「団地」には本格的に触れていないし、大本教の話は少し出てきたが、オウム真理教は出てくるだろうか。
コメント
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