見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

絵巻と古文書/中世の人と美術(大和文華館)

2015-09-09 19:24:12 | 行ったもの(美術館・見仏)
大和文華館 特別企画展『中世の人と美術』(2015年8月21日~10月4日)

 「中世」と聞くと、なんとなく心惹かれて、見逃すわけにはいかないと思っていた。日曜の朝、静かな会場に入ると、まず目に入ったのは佐竹本三十六歌仙絵断簡の『小大君像』。クレパスのように少しかすれた色合いに、かえって趣きがある。やっぱり佐竹本三十六歌仙の中で随一だろう。分割のとき、よくこれを籤で引き当てたなあと思ったが、最初の所有者は原三溪だった。隣りには『遊行上人縁起絵断簡』。ごく地味な彩色が用いられている。画面左に大きな柳の木。右下に、輪になって踊念仏を修する十五六人の僧侶。その上(画面奥)に、地面に座って見物する数人の女性。僧侶たちは、一様に片足を踏み上げ、両手は下ろして袖に隠し、仰向いて大きく口を開けている。同じポーズでありながら、顔と身体の表情にそれぞれ個性がある。はためく黒い袈裟は激しい動きを表わし、力強い念仏の声と地面を踏み鳴らす音が聞こえてきそうだ。国宝の『遊行上人伝絵巻(一遍上人絵伝)』とは別系統で、むしろ『天狗草紙』と表現が酷似し、同一工房の制作ではないかという説が、最近出されたそうである。興味深い。

 前半は「祖師へのまなざし」(主に人物画)と「霊地へのまなざし」(風景、曼荼羅)。弘法大師、法然上人、一休和尚、雪舟、雪村など、見覚えのある顔が並んでいる。特別出陳の『誉田宗庿縁起絵巻(こんだそうびょうえんぎえまき)』は、足利義教が誉田八幡宮に奉納したもの。大きな池に、お椀を伏せたような形の中ノ島が描かれているのは応神天皇陵らしい。初めて見るような気がして、地方の社寺の縁起絵巻って、まだ発見されていない面白いものがたくさんあるに違いないと思う。もうひとつ特別出陳で『石山寺縁起絵巻』も出ていた。巻五は、参籠中の藤原国親の妻の夢に観世音菩薩が示現する場面。この巻は『誉田宗廟縁起絵巻』を制作した絵師・粟田口隆光の筆と考えられているそうだが、あまり比較しては見なかった。『金山寺図』は江蘇省鎮江市にある金山寺(きんざんじ)の全景をコンパクトに描いたもの。室町時代の僧、策彦周良の賛が記されているが、絵の作者は明らかでない。ゆるふわな感じがして(中国というより朝鮮水墨画ふう?)気に入った。

 後半「自然へのまなざし」は、南北朝~室町の水墨画。続いて墨蹟。最後に会場の四分の一くらいが、地味な文書(もんじょ)資料で埋められていたので、大和文華館にしてはめずらしいな、と思った。解説によると、同館は、南北朝時代に活躍した中院通冬(なかのいん みちふゆ、1315-1363)の日記「中院一品記」の断簡を紙背文書として所蔵している。そこで「中院一品記」の大部分を所蔵する東大史料編纂所の協力を得て、同館所蔵の断簡と、これに接続する日記、京大総合博物館が所蔵する別の断簡や、京大附属図書館が所蔵する『中院通冬記』(「中院一品記」の江戸時代の写本)などを並べて、古文書学の研究スタイルを追体験させてくれている。修理中の今しか見られない、貴重なもの(失われた紙背文書に書かれていたと思われる文字の墨痕→新たに裏打ちすると見えなくなる)も見ることができた。

 もともとこういう学問に関心があるせいかもしれないが、これが意外と面白かった。原本と後世の写本の違い、紙背文書に見られる裏写りなど、やっぱり現物があるとよく分かる。具体的に資料のどこに注目すればいいかなど、解説パネルもよくできていた。美術を見にきたわりには、古文書に感激して会場を出ることになった。
 
 なお、めずらしく図録があると思ったら「展示する作品のうち、特別出陳作品および一部の館蔵品に限って収録した」というもの。リーズナブルで薄い(重たくない)ので、私のようなリピーターには、こういう図録はとてもありがたい。
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お寺さんの名宝あれこれ/大蔵会関連展示(京都国立博物館)

2015-09-09 12:42:18 | 行ったもの(美術館・見仏)
京都国立博物館 名品ギャラリー『大蔵会関連展示』(2015年8月11日~9月13日)

 特別展観『仏法東漸-仏教の典籍と美術-』は先週で終わってしまったが、平成知新館の2階では「大蔵会関連展示」をタイトルに掲げた展示が13日まで続いている。派手ではないが、京都の文化的な底力を実感する充実した展示である。3階の考古と陶磁器をさらりと見て、2階に下り、絵巻の室「御仏の救済-地獄と浄土-」に入ろうとして、固まってしまった。左端の『百鬼夜行図』の最終場面が目に飛び込んできたもので。いやいや順路どおり、と心を落ち着けて、右端から見ていく。うわー『沙門地獄草紙』も出ている。地獄の描写が分かりやすい『矢田地蔵縁起』。のどかな山水を背景に諸尊が集まっている『法華経絵巻』。『光明真言功徳絵詞』は真言の功徳をビームふうに表わすところが面白かった。さて『百鬼夜行図』は真珠庵本で、巻頭から巻末まで全開! 私は2007年に京博の常設展、2012年にサントリー美術館で見て以来だと思う。でもこれ、最古本のひとつとされているけど、室町時代後期(16世紀)の作だから、そんなに古いわけではないのだな。妖怪たちのさまざまな目の玉、あるいは細めたり見開いたりが、口ほどにものを言っている。袖口からのぞく獣の手足も表情豊か。最後に妖怪たちを蹴散らす、光明真言の火の玉の迫力はすさまじく、巨大な球体のまわりで血のような火花が散っている。

 次室「京都諸本山の仏画の名宝」では、智積院の『童子経曼荼羅図』、仁和寺の『普賢十羅刹女像』など、同系統の図像は各種流布しているが、古い年代のものを見ることができた。中世絵画「禅僧の肖像画-頂相」では、平成知新館のオープン記念展でも印象的だった、万寿寺の『円爾像』に再会。「京都諸本山の近世絵画」は、寺院の荘厳に使われた障壁画が中心。

 最後の「京都諸本山の中国仏画」は一番面白かった。真正極楽寺(真如堂)の『普賢菩薩像』は、以前どこで見たのか思い出せなかったが、ブログを検索したら京博の『百獣の楽園』展(2011年)が出てきた。禿頭、白い髯の老人が、パレードの山車のような天蓋つきの車に座り、手すりにもたれて、車を引く白象を見ている。妙に顔の平たい、ゆるキャラのような白象。南宋時代の作と見られ、かなり古色を帯びているが、それでも画面全体をいろどる赤と青が、祝祭的で楽しい。そして、これと全く同一の図が二点。隣りの作品は清の康熙年間の作で、真正極楽寺本そのものでなく、類似の作品から中国でつくられた模本である。さらに隣りは、真正極楽寺本をもとに秦宝英という人物が模写したものと分かっている。古い時代の絵画の伝播や拡散について、いろいろ想像がふくらむ。妙心寺の『普賢菩薩像』(伝・馬麟筆)は珍しかった。長髪、ひげ面の、なんともむさくるしい普賢菩薩(美形のイメージが強いのに)。白象の大きな前足は指が長くて、別の動物みたい。誓願寺の『地蔵十王図』7幅は、いずれも裁判官役の十王に赤衣と緑衣の二人の冥官が従う。衣の色は官位の別なのかな? ときどき酷薄そうないやな顔をしている。

 ついでだが、1階の仏像ギャラリーに出ていた千手観音菩薩立像(静岡・鉄舟寺)が愛らしかったことを付記しておく。長い両手を頭上に掲げる清水寺式の千手観音で、いたずらっ子みたいに唇をすぼめて前に突き出した表情が可愛かった。

 いま京博のホームページを見ながらレポートを書いていたのだが、平常展示(名品ギャラリー)の展示作品リストに「時代」を入れてくれないかなあ、東博みたいに。リストから「この作品は見に行こう!」と判断するにも、あとで記憶を振りかえるときも便利だと思う。ホームページへの「ご意見・ご感想」フォームがあるみたいなので、いずれ投稿しておこう。
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