見もの・読みもの日記

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伊勢物語絵巻を楽しみに/国宝 燕子花図屏風(根津美術館)

2016-04-17 22:49:35 | 行ったもの(美術館・見仏)
根津美術館 特別展『国宝 燕子花図屏風-歌をまとう絵の系譜』(2016年4月13日~5月15日)

 根津美術館では、毎年この時期、『燕子花図屏風』が公開される。人気の作品だから、とにかくお客が多くて閉口する。一緒に並ぶのも『吉野龍田図屏風』や『武蔵野図屏風』など、おなじみの作品らしいので、今年はパスしようかと思っていたが、二つの理由で行くことにした。

 ひとつは今回のサブタイトル「歌をまとう絵の系譜」のとおり、作品の横(行ってみたら展示ケースのガラス面)に関連の和歌を大きく添える展示方法を取っているのだ。鑑賞者は、嫌でも和歌を意識しながら、絵画作品に向き合うことになる。これは面白いと思った。行ってみたら、『燕子花図屏風』だけではなくて、展示室1の壁面ケースに飾られた作品には全て和歌が添えられていた。『時代不同歌合断簡(藤原兼輔像)』(歌仙絵)や『紅葉流水図』(歌絵)のように、もともと画幅の中に記されていた和歌を掲示したものもある。『吉野龍田図屏風』は画中に何枚もの短冊が描き込まれており、その中から選んだ和歌が春と秋とそれぞれ添えられていた。

 『武蔵野図屏風』には「武蔵野は月の入るべき山もなし 草より出でて草にこそ入れ」の歌。これは画中に書き込まれているわけではないが、当時の人々がこの屏風を見れば、誰もが思い浮かべた和歌である。現代人でも意味は取れる歌だが、「月は山の端に入るもの」という伝統意識を裏切っているから面白い、という点は分かるだろうか。会場に「出典不詳」とあったので、調べたけど、俗謡らしい。多少詞の異同はあっても、文献に採録されている初出は何なんだろう。知りたい。

 会場では、和歌に英訳が付記されていたのも面白かったが、どうしても説明過多で冗長な訳になっているものが多かった。一番いいと思ったのは、冒頭の兼輔像に付いていた「みじかよのふけゆくままに 高砂の峰の松風 ふくかとぞ聞く」で「As the brief night deepens, I think I hear the wind blowing through the pines on Takasago Peak」という。実は詞書に、清原深養父が琴をひくのを聞いてとあるのだが、和歌の表面にそのことが現れていないと同様、英訳でも琴を持ち出さないのがシンプルでよい。ちなみに『燕子花図屏風』の「からころもきつつなれにしつましあれば」は「Since I have a wife familiar to me, as the hem of a well-worn robes」って直訳なので苦笑した。

 大好きな光琳の『白楽天図屏風』が出ていたのは眼福。これには「苔衣きたるいわおの肩にかかり 衣きぬ山の帯をするかな」という和歌が付いていた。謡曲『白楽天』で、白楽天が漢詩を詠むと、すかさず住吉明神が同じ風景を詠んでみせた和歌のようだ(本文に異同あり)。和歌って日本文化の背骨のようなものだなあ、としみじみ思う。

 この展覧会を見に行った理由の二つ目は次の展示室にあった。室町時代(16世紀)の作とみられる個人蔵の『伊勢物語絵巻』全3巻。125段の本文と40段45図が描かれている。これを1室使って、ほぼ全面的に公開(広げられなかった場面は写真パネルで補足)。これが可愛い! 根津美樹館のホームページに小さな写真が載っていたのに惹かれて見に行ったら、想像以上によかった。「稚拙ながら雅味に富み」って書いてあるけど、決して下手ではない。寄り添う男女は色っぽいし、布引の滝の流れ落ちる水には躍動感がある。鷹揚で品のある、気持ちのいい画風だ。ただ、ところどころ描き込みが過剰で、前栽の菊が妙に巨大だったり、隅田川の都鳥の数が多すぎたり(狭い画面に10羽も)、出家した惟喬親王に業平が対面する感動の場面なのに、庭の池に鴨だのオシドリだのが賑やかに群れていたり、くすっとする場面が多い。

 芥川の段で昔男と背負われた女は、一体化してひとつの形になってしまっている。宗達の『伊勢物語図色紙』を彷彿とする情景。武蔵野で恋人たちを追い詰める追手が妙に強そうなのは、やっぱり武士が存在感を増した時代だからか。筒井筒の段(写真パネル)は井戸のかたちが面白かった。四角い井戸に背の高い木枠がついていて、これなら背比べに用いたことが納得できる。そのほかにも、高子の法要に持ち込まれた捧げもの(反物)のかたちとか、川辺の禊で用いる斎串(だろうか?)とか、興味深い風俗がたくさん描かれていた。これ、写真集を出してくれたら、絶対買うんだけどなあ。

 展示室5は「部屋を飾る小品たち」と題して、2010年に藤崎隆三氏から寄贈された中国陶磁器のコレクションを紹介。「当館のコレクションになかった古代の土器や戦国時代の陶器も含まれます」とあって、コレクションの充実は慶賀すべきこと。目を引いたのは、大ぶりな『緑釉博山酒尊』(後漢時代)。青磁に近い薄い緑色だった。また、唐代のまったりした白磁もきれいだった。展示室6は「初風炉(しょぶろ)の茶」。根津美術館の茶道具は、初風炉とか炉開きとか季節の変わり目の展示が、颯爽としていて好きだ。今回、館長自作の茶杓が展示されていた。
コメント (2)
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