〇根津美術館 企画展『はじめての古美術鑑賞 漆の装飾と技法』(2018年5月24日~7月8日)
2016年から始まった「はじめての古美術鑑賞」シリーズ。私はけっこう気に入っている。今年は、漆の装飾と技法がテーマである。冒頭に縄文時代の『朱漆塗土器鉢』など、根津美術館では滅多に見ない考古資料が出ていて面白かった。小田原市教育委員会や慶応大学民族学考古学研究室の所蔵品で、近年、日本列島の東北部だけでなく、関東地方(千葉、神奈川)の縄文前期の遺跡から、漆を塗った土器や木胎漆器が発見されているのだそうだ。昨年、国立歴史民俗博物館で見た『URUSHIふしぎ物語』を思い出す。なお、中国では、浙江省の河姆渡遺跡で紀元前5000年頃の漆碗が見つかっているという解説が気になったのでメモ(寧波近くの河姆渡博物館は、2007年に私が行き逃した場所である)。
考古資料のあとは、鎌倉時代の『黒漆経箱』、室町時代の『朱漆塗経箱』など。シンプルで美しい。室町時代の『経櫃』には「二月堂」の文字が入っていた。そう、漆盆(練行衆盤)とか経机とか、漆器といえば二月堂のイメージがある。
続いて漆を使った装飾法である「蒔絵」「螺鈿」「彫漆」「鎗金・存星」「蒟醬(きんま)」を順に紹介していく。蒔絵には「平文」「梨子地(なしじ)」「高蒔絵」「平蒔絵」「研出蒔絵」「切金」「芦手」「付描(つけがき)」「針描(はりがき)」「描割」などの技法がある。展示品の『春日山蒔絵硯箱』には、上記の技法が全て用いられているという説明に驚く。ただ、技法の違いを説明した断面図は、正直なところ、よく分からなかった。
「螺鈿」は、夜光貝や鮑などの貝片を器物に張り付けたり、埋め込んだりする装飾だが、塗り固めた漆を日本では「研ぐ」が、中国・朝鮮では「剥ぐ」という説明があった。これも実態がよく分からなかったが、いつか分かるかもしれないので覚えておきたい。私は朝鮮(朝鮮時代)の螺鈿箱が好きだ。貝片の色味が鮮やかな上に、文様が素朴で愛らしいものが多い。なお、古風な『螺鈿楼閣人物文箱』(12-13世紀、高麗時代)も出ており、こちらは華やかさに欠けるが上品だった。
そして私が最も好きな「彫漆」。塗り重ねた漆に文様を彫り込んだもので、蒔絵や螺鈿のようにキラキラした華やかさはないが、見飽きない落ち着きがある。彫漆の中でも「紅花緑葉」は、漆を彫り込む深さを変えることで、多様な色彩を表現した高級品だが、そこまでしなくてよい。そもそも複雑な楼閣人物図や花鳥図も要らない。私は屈輪文(ぐりもん)の堆朱や堆黒が大好きなのである。この展覧会、もっとたくさん堆朱・堆黒が見られると思っていたので、ちょっと期待外れだった。
展示室2の「蒔絵の展開」に展示されていた室町時代の『秋野蒔絵手箱』は面白かった。秋草を背景に、かなりリアルな鹿が描かれているのだが、秋草に対する大きさがアンバランスで、どう見ても雀くらいにしか見えない。江戸時代の『石山寺蒔絵源氏物語箪笥』は、余白もなく、全面を絵画・文様が覆っている。蒔絵の色もカラフル。小川破笠の『黒楽写瓢象嵌文茶碗』(乾漆でつくった黒楽茶碗もどき)、柴田是真・三浦乾也合作の『夕顔蒔絵板戸』も面白かったが、驚いたのは『百草蒔絵薬箪笥』。さまざまな薬草を小分けにして収納するための小型キャビネットで、上部に取り外しできる蓋が付属している。その蓋裏には、97種の草花が重なり合う図を美しく、リアルに蒔絵で表している。キキョウ、ナデシコ、ホオズキ、ヨモギ、オモダカなど、いくつかの品種は見分けることができた。ちなみに極小の文字で植物名が刻まれているそうだが、全然分からなかった。作者の飯塚桃葉は、阿波徳島藩主・蜂須賀家に仕えた蒔絵師である。
このほか、近現代の蒔絵や、蒔絵で飾られた楽器も面白かった。壊れかけた、ぼろい四足台があると思ったら、楽浪郡で出土した後漢時代の漆案だった。「案」は机、ただし膝が入るほどの高さはない。お供え物などを置く台らしい。永元14年(109)という銘が入っているのがすごい。
展示室5は「茶道具の銘と和歌」で古典文学好きには嬉しいテーマ。展示の古今和歌集は江戸後期の写本だったが、「相坂」「宿の梅」「花染」「正木」「山の端」など、歌枕ゆかりの銘を持つ茶碗や茶入が並んでいた。だいたい思い当たる和歌が多かったが、「亀の尾」の由来である「亀の尾の山の岩根をとめて落つる滝の白玉千代の数かも」(古今350・紀惟岳/きのこれおか)は記憶になかった。賀歌はまじめに読んでいなかったので。
展示室6は「季夏の茶の湯-名水点て-」で、わざわざ名水を求めて茶を点てることをいう。木地の釣瓶水指(箱型)に注連縄をすることで「名水」であることを示し、お茶を点てる前に、水を回し飲みして味わうのだそうだ。へええ、茶の湯には、まだまだ知らないことが多いなあ。この時期は、ベトナムや東南アジア製の茶道具が多く並ぶのも嬉しい。南国の道具は、なぜか涼しさを感じさせる。
2016年から始まった「はじめての古美術鑑賞」シリーズ。私はけっこう気に入っている。今年は、漆の装飾と技法がテーマである。冒頭に縄文時代の『朱漆塗土器鉢』など、根津美術館では滅多に見ない考古資料が出ていて面白かった。小田原市教育委員会や慶応大学民族学考古学研究室の所蔵品で、近年、日本列島の東北部だけでなく、関東地方(千葉、神奈川)の縄文前期の遺跡から、漆を塗った土器や木胎漆器が発見されているのだそうだ。昨年、国立歴史民俗博物館で見た『URUSHIふしぎ物語』を思い出す。なお、中国では、浙江省の河姆渡遺跡で紀元前5000年頃の漆碗が見つかっているという解説が気になったのでメモ(寧波近くの河姆渡博物館は、2007年に私が行き逃した場所である)。
考古資料のあとは、鎌倉時代の『黒漆経箱』、室町時代の『朱漆塗経箱』など。シンプルで美しい。室町時代の『経櫃』には「二月堂」の文字が入っていた。そう、漆盆(練行衆盤)とか経机とか、漆器といえば二月堂のイメージがある。
続いて漆を使った装飾法である「蒔絵」「螺鈿」「彫漆」「鎗金・存星」「蒟醬(きんま)」を順に紹介していく。蒔絵には「平文」「梨子地(なしじ)」「高蒔絵」「平蒔絵」「研出蒔絵」「切金」「芦手」「付描(つけがき)」「針描(はりがき)」「描割」などの技法がある。展示品の『春日山蒔絵硯箱』には、上記の技法が全て用いられているという説明に驚く。ただ、技法の違いを説明した断面図は、正直なところ、よく分からなかった。
「螺鈿」は、夜光貝や鮑などの貝片を器物に張り付けたり、埋め込んだりする装飾だが、塗り固めた漆を日本では「研ぐ」が、中国・朝鮮では「剥ぐ」という説明があった。これも実態がよく分からなかったが、いつか分かるかもしれないので覚えておきたい。私は朝鮮(朝鮮時代)の螺鈿箱が好きだ。貝片の色味が鮮やかな上に、文様が素朴で愛らしいものが多い。なお、古風な『螺鈿楼閣人物文箱』(12-13世紀、高麗時代)も出ており、こちらは華やかさに欠けるが上品だった。
そして私が最も好きな「彫漆」。塗り重ねた漆に文様を彫り込んだもので、蒔絵や螺鈿のようにキラキラした華やかさはないが、見飽きない落ち着きがある。彫漆の中でも「紅花緑葉」は、漆を彫り込む深さを変えることで、多様な色彩を表現した高級品だが、そこまでしなくてよい。そもそも複雑な楼閣人物図や花鳥図も要らない。私は屈輪文(ぐりもん)の堆朱や堆黒が大好きなのである。この展覧会、もっとたくさん堆朱・堆黒が見られると思っていたので、ちょっと期待外れだった。
展示室2の「蒔絵の展開」に展示されていた室町時代の『秋野蒔絵手箱』は面白かった。秋草を背景に、かなりリアルな鹿が描かれているのだが、秋草に対する大きさがアンバランスで、どう見ても雀くらいにしか見えない。江戸時代の『石山寺蒔絵源氏物語箪笥』は、余白もなく、全面を絵画・文様が覆っている。蒔絵の色もカラフル。小川破笠の『黒楽写瓢象嵌文茶碗』(乾漆でつくった黒楽茶碗もどき)、柴田是真・三浦乾也合作の『夕顔蒔絵板戸』も面白かったが、驚いたのは『百草蒔絵薬箪笥』。さまざまな薬草を小分けにして収納するための小型キャビネットで、上部に取り外しできる蓋が付属している。その蓋裏には、97種の草花が重なり合う図を美しく、リアルに蒔絵で表している。キキョウ、ナデシコ、ホオズキ、ヨモギ、オモダカなど、いくつかの品種は見分けることができた。ちなみに極小の文字で植物名が刻まれているそうだが、全然分からなかった。作者の飯塚桃葉は、阿波徳島藩主・蜂須賀家に仕えた蒔絵師である。
このほか、近現代の蒔絵や、蒔絵で飾られた楽器も面白かった。壊れかけた、ぼろい四足台があると思ったら、楽浪郡で出土した後漢時代の漆案だった。「案」は机、ただし膝が入るほどの高さはない。お供え物などを置く台らしい。永元14年(109)という銘が入っているのがすごい。
展示室5は「茶道具の銘と和歌」で古典文学好きには嬉しいテーマ。展示の古今和歌集は江戸後期の写本だったが、「相坂」「宿の梅」「花染」「正木」「山の端」など、歌枕ゆかりの銘を持つ茶碗や茶入が並んでいた。だいたい思い当たる和歌が多かったが、「亀の尾」の由来である「亀の尾の山の岩根をとめて落つる滝の白玉千代の数かも」(古今350・紀惟岳/きのこれおか)は記憶になかった。賀歌はまじめに読んでいなかったので。
展示室6は「季夏の茶の湯-名水点て-」で、わざわざ名水を求めて茶を点てることをいう。木地の釣瓶水指(箱型)に注連縄をすることで「名水」であることを示し、お茶を点てる前に、水を回し飲みして味わうのだそうだ。へええ、茶の湯には、まだまだ知らないことが多いなあ。この時期は、ベトナムや東南アジア製の茶道具が多く並ぶのも嬉しい。南国の道具は、なぜか涼しさを感じさせる。