〇三の丸尚蔵館 第81回展覧会『春日権現験記絵-甦った鎌倉絵巻の名品-』(修理完成記念)(2018年8月18日~10月21日)
『春日権現験記絵』の後期展示に行ってきた。前期展示の記事はこちら。現在、見られる巻・場面は以下のとおりである。
・巻4:第3段(平家の都落ちに従おうとした近衛基通を春日明神が引き留める)
・巻5:第2-3段(春日社に奉仕し富み栄えた藤原俊盛が仏門に入ることを願い、春日明神に喜ばれる)
・巻9:第3段(息絶えた女が、閻魔王のもとで春日明神に助けられて蘇生する)
・巻12:第3段(東大寺東南院の僧・恵珍が夢で春日明神と神人・鹿たちに会う)
・巻13:第1-3段(子宝に恵まれなかった女が春日社の社前で出産、生まれた男子は明神に守護される)、第4段(興福寺の僧・盛恩得業の夢に春日四宮が現れる)、第5段(興福寺の僧・増慶が田舎に移住して病気になる)
・巻14:第6段(京の大火で、唯識論を安置していた家が神人に守られて焼け残った)
・巻17:第1-2段(明恵上人が天竺への渡航を考えていると、橘氏の女に春日明神が憑依して引き留めた)
・巻18:第2段(再び出国しようとした明恵上人のところに橘氏の女に憑依した春日明神が現れた)
巻4は近衛基通(普賢寺摂政)を乗せた牛車の前後に付き従う人々、特に騎馬武者集団の、色も柄も取り取りの装束が華やかで美しい。馬の毛並みもさまざま。徒歩武者は兜をかぶる者が多く、騎馬武者は烏帽子姿が多い。武者集団の隊列が途切れたところに、白い袴、無地の薄黄色の衣、立烏帽子の男がいて、手を差し伸べ、前方の牛車を招いている。実際に基通が平家の都落ちに従わず、都に留まったのは好判断だったが、その後の人生も苦労の多かった人で、いろいろ感慨深い。
巻5、藤原俊盛という人物はよく知らなかったが、後白河院や八条院の近臣なのだな。絵としての面白さは、広大な俊盛邸のありさま。豊かな海産物が運び込まれ、男たちは鷹を愛玩し、子どもは寝そべって巻子本を読んでいる。庭には大きな鳥小屋が設置されている。舟遊びのできる大きな池には水鳥が集まり、白黒ぶちの犬や、野ウサギ?のような動物も描かれてる。
巻12は僧・恵珍の夢の中の光景で、恵珍は画面の隅のほうで小さくなって座っている。その前を牛車と10人ほどの神人たち(白い袴、濃淡あるが黄色い衣)、そして30頭ほどの鹿が通り過ぎていく。鹿は角のあるものないもの、毛色や大きさもさまざまで、恵珍の目の前を、子猫ほどの小さな鹿が歩いているのがかわいい。鹿の群れに目を奪われてしまうが、牛車の窓から地蔵菩薩(春日明神)の美しいお顔が覗いている。
巻14は初めて見たような気がする場面。まだ燻る焼け野原に、壁も屋根も白い漆喰で固めたような家が焼け残っている。戸口に接して幔幕を巡らした中で、ひとまず無事を喜び合う女たち。箸や棒切れで何かを拾って桶に集めている人の姿が複数描かれているのだが、何を拾っているのだろう。炭?金属?それとも骨?
巻17は何度か見たことがある有名な場面で、春日明神に憑依された女性(妊娠中らしい)が、莚を鴨居にかけてその上に登り、託宣する場面が見どころ。吹き抜け屋台の使い方が効果的で、腰から上は雲(すやり霞)を背景に抜け出た女性の姿が際立ち、演劇の舞台を見るようだ。物語には続きがあって、別の日、今度は同じ女性が天井に登ってしまう。「天井の板一枚あきて」天井裏に立て膝でうずくまる女性がおり、天井裏にネズミも描かれている。この巻は、柿色の障子紙、緑の畳、女人の淡い桃色の衣など、全体に色使いが上品で好き。それにしても、もっと居丈高に示現してもいいようなところ、敢えて妊娠中の女性に憑依して、明恵上人の渡航を止めようとするあたり(泣き落としっぽい)、春日明神はほんとに明恵上人が大好きだったんだなあと思われて微笑ましい。
巻9は閻魔王の宮殿に角髪(みずら)の童子姿で現れた春日明神が描かれる。童子と言ってもかなり大きい。顔は雲に隠れている。巻13の第4段では長い髪を後ろに結んだ童子の姿で現れるし、ほんとに変幻自在。男にも女にもなれて、怒れば怖いと同時に温かみのある神様である。こういう信仰をつぶしてしまった近代の「神道」「神仏分離」の弊害は大きいと、しみじみ思った。
『春日権現験記絵』の後期展示に行ってきた。前期展示の記事はこちら。現在、見られる巻・場面は以下のとおりである。
・巻4:第3段(平家の都落ちに従おうとした近衛基通を春日明神が引き留める)
・巻5:第2-3段(春日社に奉仕し富み栄えた藤原俊盛が仏門に入ることを願い、春日明神に喜ばれる)
・巻9:第3段(息絶えた女が、閻魔王のもとで春日明神に助けられて蘇生する)
・巻12:第3段(東大寺東南院の僧・恵珍が夢で春日明神と神人・鹿たちに会う)
・巻13:第1-3段(子宝に恵まれなかった女が春日社の社前で出産、生まれた男子は明神に守護される)、第4段(興福寺の僧・盛恩得業の夢に春日四宮が現れる)、第5段(興福寺の僧・増慶が田舎に移住して病気になる)
・巻14:第6段(京の大火で、唯識論を安置していた家が神人に守られて焼け残った)
・巻17:第1-2段(明恵上人が天竺への渡航を考えていると、橘氏の女に春日明神が憑依して引き留めた)
・巻18:第2段(再び出国しようとした明恵上人のところに橘氏の女に憑依した春日明神が現れた)
巻4は近衛基通(普賢寺摂政)を乗せた牛車の前後に付き従う人々、特に騎馬武者集団の、色も柄も取り取りの装束が華やかで美しい。馬の毛並みもさまざま。徒歩武者は兜をかぶる者が多く、騎馬武者は烏帽子姿が多い。武者集団の隊列が途切れたところに、白い袴、無地の薄黄色の衣、立烏帽子の男がいて、手を差し伸べ、前方の牛車を招いている。実際に基通が平家の都落ちに従わず、都に留まったのは好判断だったが、その後の人生も苦労の多かった人で、いろいろ感慨深い。
巻5、藤原俊盛という人物はよく知らなかったが、後白河院や八条院の近臣なのだな。絵としての面白さは、広大な俊盛邸のありさま。豊かな海産物が運び込まれ、男たちは鷹を愛玩し、子どもは寝そべって巻子本を読んでいる。庭には大きな鳥小屋が設置されている。舟遊びのできる大きな池には水鳥が集まり、白黒ぶちの犬や、野ウサギ?のような動物も描かれてる。
巻12は僧・恵珍の夢の中の光景で、恵珍は画面の隅のほうで小さくなって座っている。その前を牛車と10人ほどの神人たち(白い袴、濃淡あるが黄色い衣)、そして30頭ほどの鹿が通り過ぎていく。鹿は角のあるものないもの、毛色や大きさもさまざまで、恵珍の目の前を、子猫ほどの小さな鹿が歩いているのがかわいい。鹿の群れに目を奪われてしまうが、牛車の窓から地蔵菩薩(春日明神)の美しいお顔が覗いている。
巻14は初めて見たような気がする場面。まだ燻る焼け野原に、壁も屋根も白い漆喰で固めたような家が焼け残っている。戸口に接して幔幕を巡らした中で、ひとまず無事を喜び合う女たち。箸や棒切れで何かを拾って桶に集めている人の姿が複数描かれているのだが、何を拾っているのだろう。炭?金属?それとも骨?
巻17は何度か見たことがある有名な場面で、春日明神に憑依された女性(妊娠中らしい)が、莚を鴨居にかけてその上に登り、託宣する場面が見どころ。吹き抜け屋台の使い方が効果的で、腰から上は雲(すやり霞)を背景に抜け出た女性の姿が際立ち、演劇の舞台を見るようだ。物語には続きがあって、別の日、今度は同じ女性が天井に登ってしまう。「天井の板一枚あきて」天井裏に立て膝でうずくまる女性がおり、天井裏にネズミも描かれている。この巻は、柿色の障子紙、緑の畳、女人の淡い桃色の衣など、全体に色使いが上品で好き。それにしても、もっと居丈高に示現してもいいようなところ、敢えて妊娠中の女性に憑依して、明恵上人の渡航を止めようとするあたり(泣き落としっぽい)、春日明神はほんとに明恵上人が大好きだったんだなあと思われて微笑ましい。
巻9は閻魔王の宮殿に角髪(みずら)の童子姿で現れた春日明神が描かれる。童子と言ってもかなり大きい。顔は雲に隠れている。巻13の第4段では長い髪を後ろに結んだ童子の姿で現れるし、ほんとに変幻自在。男にも女にもなれて、怒れば怖いと同時に温かみのある神様である。こういう信仰をつぶしてしまった近代の「神道」「神仏分離」の弊害は大きいと、しみじみ思った。