見もの・読みもの日記

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父は伊吹大明神/酒呑童子絵巻(根津美術館)

2019-01-29 22:57:06 | 行ったもの(美術館・見仏)
根津美術館 企画展『酒呑童子絵巻 鬼退治のものがたり』(2019年1月10日~2月17日)

 同館が所蔵する3種類の「酒呑童子絵巻」を展示する。はじめに基本情報を確認すると、この物語は、童子の住処を丹波国大江山とする「大江山系」と近江国伊吹山とする「伊吹山系」に二分される。ただしWikiによると、この分類法には異論・慎重論もあるそうだ。 最も古い稿本は逸翁美術館所蔵本(下総香取神社の大宮司家旧蔵、14世紀)で「大江山系」。一方、根津美術館が所蔵する3種類は全て「伊吹山系」である。

 作品番号1の『酒呑童子絵巻』は室町時代(16世紀)の成立。素朴だが力強い絵柄でとても魅力的。色数は少なく、墨のほか、よく使われているのは赤・茶・緑。酒呑童子の住み家の床は、絵巻の伝統に従い「異郷」を表す青と白の市松模様だった。登場人物は顔が大きく(表情が分かりやすい)五等身くらい。山伏姿の武士たちが、お河童のようなざんばら髪なのが、後代の絵巻と違っていた。

 次に作品番号3の『酒呑童子絵巻』(住吉弘尚筆、8巻、19世紀)に従って、物語の筋をゆっくり紹介していく。冒頭が古代神話で、スサノオの八岐大蛇(ヤマタノオロチ)退治から始まることに驚いた。戦いに敗れたオロチは伊吹山に逃れて、伊吹大明神として鎮まる。あるとき、近江の郡司・須川氏は娘のもとに不思議な男が通っていることに気づく。男は自分が伊吹明神であることを告げ、娘の産んだ男子を郡司のもとに残して、娘を連れて去る。

 童子は3歳から酒を好んだため、禁酒させるため、比叡山の伝教大師に預けられる(最澄もたいへんだなあ…)。あるとき、宮中で祝い事があり、各寺院に踊りを奉ることが命じられられた。童子は「鬼踊り」を提案し、ひとりで多種多様な鬼の面を作り上げる。祝い事の当日、比叡山の人々は仮面を被って「宝物を献じる蓬莱の鬼たち」を演じた。この場面、華やかで素敵。見物の人々も目を細めて楽しそうだ。「鬼」は恐ろしいけれど、蓬莱に住み、きれいな衣装を着て(※ふんどし一丁ではない)人々に富と幸福をもたらす、憧れの存在でもあったことが分かる。

 しかし、踊りの後、振舞い酒を飲み過ぎた童子は、酔っ払って狼藉を働き、魔境に落ちてしまう。比叡山を追われて千丈ヶ嶽(大江山?)に住み着き、伝教大師の在世中はおとなしく過ごしていたが、三百年後、一条天皇の御代になると、都の女性をさらうなど悪事を働くようになる。以下、同じ作品が展示室2に続くのだが、私は展示室1内で次の作品に移った(どちらから見てもよいと思う)。

 作品番号2の『酒呑童子絵巻』(3巻、17世紀)は、3種類の中で最も色鮮やかで描写も優れたもの。「伝・狩野山楽筆」といわれているが、パネルの解説には「特定できないが、狩野派の名のある画家」と表現されていた。展示は、源頼光一行が案内された鬼の住み家の「四季の庭」の場面から。藤、卯の花、萩、紅葉、雪景色。嵐の前の静けさのような美しく平和な花鳥風景。次の巻は一転して、魁偉な赤裸をさらす酒呑童子に襲いかかる武士たち。胴体から斬り放された首が、垂直に飛び上がる描写がすごい。武士たちの刀の構え方、腰の落とし方、それから金地の床を汚す血の量も、妙にリアルな感じがする。

 感心しながら展示室2に入ると、作品番号3『酒呑童子絵巻』(住吉弘尚筆)の続きが待っていた。こちらは、大勢の鬼たちが頼光たちを出迎える。鬼たち、日本の鎧(胴丸)をつけた者もいれば、中国っぽい被り物をしたり武器を持っている者もいて、その混ざり具合が倭寇っぽい。酒呑童子はもてなしの酒の肴に人の足を出してみるが、頼光たちが平然とスライスして食ってしまうので興ざめする(武士すごい…)。そして多くの女性をかしずかせて巨体を横たえる醜悪な図。寝入ったところを頼光たちが襲撃する。この作品では、斬り放された首は、意志あるように前方の頼光を狙って飛び上がっており、だいぶ物語的な脚色を感じる。

 どの作品も個性があって面白かった。酒呑童子の生い立ちを知ると、なんだか同情が湧く。酒に弱いのはやっぱり絵巻は、通して見るのが面白いのだが、こういう機会が少ないのは残念である。早く電子化されて、ダミーでいいから自由に見ることができるようになるといいのに。

 展示室3は、この季節にふさわしく『百椿図』だったが、その中に林羅山の漢詩「酒呑童子」があるのを見つけてニッコリしてしまった。展示室4は「初釜」。床の間に光悦の消息が掛かっていて、それだけ?と思ったら、左の柱に瓢花入(銘:狙公)が張り付いていた。あんなふうに飾るのか。
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