〇三井記念美術館 特別展『日本の素朴絵-ゆるい、かわいい、たのしい美術-』(2019年7月6日~9月1日)
この夏、一番楽しみにしていた展覧会が始まった。本展では、これまで本格的に取り上げられることのなかった、様々な時代・形式の日本の素朴絵を紹介し、名人の技巧や由緒ある伝来に唸るだけではない、新しい美術の楽しみ方を提供する。監修は、長年このテーマを追いかけている矢島新氏。「へそまがり」の金子信久氏と並んで、今年は「新しい美術の楽しみ方」がムーブメントになるといいなと思う。
展示の冒頭は「立体に見る素朴」で、いきなり期待の斜め上からの衝撃をくらう。『埴輪(猪を抱える漁師)』は、逆さに抱えられた小さな猪に笑った。『墨書人面土器』は、京都市考古資料館で見た覚えがあったが、これを「素朴絵」と捉えるセンスに感心した。丸顔で眉の太い『獅子・狛犬』(和歌山・河根丹生神社)はがきデカっぽく、目と口の大きい『狛犬(阿形)』(愛知県陶磁美術館)はONE PIECEっぽく、とぼけた『狛犬(吽形)』(同)はしりあがり寿っぽいなど、マンガ家の作画にあてはめてみるのも楽しい。
絵画は、冒頭の『絵因果経』(奈良時代)はともかくとして、『厳島明神縁起絵巻』(個人蔵)との再会に驚く。めまいのするようなストーリーの激しさと絵柄の素朴さ。今年の正月、京都国立博物館で見て強い印象を受けたものだ。色使いのきれいな『長谷寺縁起絵巻』(出光美術館)はむかしから好きな作品。『かるかや』(サントリー美術館)『つきしま絵巻』(日本民藝館)が順当に並んでいて、よしよし、という気分になる。日本民藝館の『うらしま絵巻』がないと思ったら、中央の展示ケースに入っていた。『おようのあま絵巻』(サントリー美術館)は、絵よりも物語で笑う。西尾市岩瀬文庫の『かみ代物語絵巻』は、束帯姿の男が、胴の短すぎる龍のような怪獣に跨った、大好きな場面。ああ~『鼠草子絵巻』(サントリー美術館)もあるし、実にすばらしい、遺漏のないセレクションである。
「庶民の素朴絵」である参詣曼荼羅としては、三井文庫の『伊勢参詣曼荼羅』2幅が、動きがあって軽やかで好き。『平家物語屏風』6曲1隻(室町時代、奈良・法輪寺)は初めて見た。つきしま物語ふうのコロコロした人物で平家物語の名場面を数々描いたもの。鵺退治や宇治橋合戦らしい図柄は見つけた。同じ作風の『聖徳太子絵伝屏風』6曲1隻(8/6-展示)と対になっているのも珍しい。日本民藝館の『曽我物語屏風』も出ていた。大津絵も少々。
「素朴な異界」には地獄絵の数々。滋賀・宝幢院の『地蔵十王六道図』は、矢島新先生の著書『かわいい仏像、たのしい地獄絵』でも紹介されていたもの。先行作例からの影響がほとんど認められず、謎の多い作品だという。ヘンな生き物がたくさんいる。獄卒も亡者もどこか澄まして恬淡とした表情なのが面白い。たぶん日本で一番ヘンな『十王図屏風』(日本民藝館)ももちろん出ていた。画面の小さい作品なのだな。
うつろ舟の『漂流記集』(西尾市岩瀬文庫)もこのセクションに出ていた。江戸時代の幻獣目撃資料である『神社姫』(姫には見えない、オヤジ顔の怪物)は、湯本豪一記念日本妖怪博物館(広島県三次市)所蔵だそうだ。この博物館、早く行ってみたい。
さて趣きを変えて「知識人の素朴絵」には、白隠、仙厓、蕪村、琳派など。光琳の『竹虎図』(京博のトラりん)が来ていたのも嬉しかった。最後に木喰仏、円空仏に混じって、田野の農夫のような顔の薬師如来坐像(兵庫・満願寺、10世紀)が異彩を放っていた。展示替えは多くないようだが、今年はこの展覧会のために同館の「ミュージアムパスポート」を購入してあるので、何度でも行ってみるつもり。敢えていうと、「妖怪大図鑑」的な、ゆるい妖怪絵をもう少し見たかったのだが、矢島先生の琴線にはあまり触れないのかしら。