見もの・読みもの日記

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法と支配の正統性/法の近代(嘉戸一将)

2023-05-17 23:54:53 | 読んだもの(書籍)

〇嘉戸一将『法の近代:権力と暴力をわかつもの』(岩波新書) 岩波書店 2023.2

 読み始めてから、あれ?これは復刊書だったかな?と思った。テーマが古典的である上に、図版が少なく、パラグラフが長いので、版面が文字で(しかも横文字でなく主に漢字で)ぎっしり埋まっていて、古い岩波新書の雰囲気が濃厚なのだ。しかし内容はとても面白かった。

 本書のテーマは副題のとおりである。制度的な権力(政府)と恣意的な暴力(盗賊)をわかつものは何か。たとえば法に基づいて人を裁き、支配する行為は暴力ではないという回答がある。しかし権力者が身勝手な「理屈」によって法秩序を創造し、人を支配するとしたら、それは暴力ではないのか、と著者は問い直す。人は「最強の者」の力あるいは権力に屈せざるを得ないが、それは正統な意味での法(JUSTICE)ではない。

 では、何が法を法として可能にする=権威づけるのか。ルソーはその正統性を、国家を構成する諸個人による「契約」に求め、諸個人は、自らの意志に由来する権力のみを正統なものとし、その権力の創る法に服従すべきであると説く。でも、それでは秩序が成り立たないのではないかと思う。

 また別に、主権者=立法者の正統性をひとつの人格で代表しようという考え方がある。その由来は、ローマ法や古代ギリシアの哲学に遡るという。重要なのは、立法者が生身の人間ではなく「職務」として捉えられていたことだ。権力は「職務によって」行使されるから権力なのであり、そうでなければ暴力にほかならない。「職務」には私的な意思や欲望が働く余地があってはならない。このへん、いまの日本の立法機関(国会)にいる議員たちは、きちんと理解しているのだろうか。

 次に著者は、日本における西洋の法秩序の受け入れ過程を観察する。伊藤博文は、立憲主義を導入するにあたり、「機軸」(社会的紐帯)を定める必要があると考えた。井上毅は天皇の統治を古語の「シラス」に当て、天皇の理性によって秩序を実現することと説いた(対義語は「ウシハク」で豪族の実力行使による支配)。国語国文を重視した井上毅、法の「進化」を主張した穂積陳重、「祖先教」を提唱した穂積八束など、くらくらするほど面白かった。穂積八束は、旧民法法典の個人主義的傾向を排撃し(民法出テゝ忠孝亡フ→すごい認識)、日本の家族制度は祖先崇拝(家父長制)を紐帯とすることを説いた。この言説は、明治憲法の宗教的正統性を呈示するだけでなく、社会を一体のものとして演出する効果を持っている。「この一体性信仰は、日本の近代史においてたびたび現れる」と著者は指摘しているが、全くそのとおり。今なお、その残骸のようなものを見かけるが、発生はこの時代にあったのだな。

 一方、憲法学者の佐々木惣一(1878-1965)は、政治家や教育家が家族のような一体の国家というフィクションを信奉する限り、権力と暴力を分かつ議論は抑圧され、ますます暴力が跋扈すると主張した。佐々木は政治の役割は「個人の自由と機会の平等を保障しつつ共同生活を可能にすること」と考え、天皇の統治権は、この理想を実現する力(実現を意思する力)であり、天皇は「職務」という制度に拘束されていると説いた。明治憲法をこのように解釈するのは、なかなかアクロバティックだが、興味深い。

 次に「議会制の危機」について、再び西洋の例に戻る。歴史的に見出されてきたとおり、国民によって選出された議会が、国民に代わって国家の意思決定を行うという分業は、必ずしも理想的な民主的政治を実現するとは限らない。議会制とは「妥協の産物」なのだ。「代表観念をめぐる西洋的な伝統」は、古代ローマ法に始まり、教会の歴史において彫琢されてきたようである。古代ローマ法に見られる「皇帝の意思は法の効力をもつが、その権威は人民の権威と権力に由来する」という文言は、現代人にも感覚的に分かりやすい。しかし近代の主権論は、君主と人民の有機体的な関係を断ち切り、主権者たる君主に至高性を与えた。え?と驚いたが、至高の主権もまた法の下にあると考えられている。

 今日、日本国憲法において主権者と定められている国民は、憲法制定権力、つまり革命を起こす権力を有している。しかし理念的には、法をつくる者は、理性に基づき「不断に正しい法を作るための努力をつづける義務」を課せられていると考えるべきである。主権者もまた「職務」なのだ。

 堂々巡りの思考かもしれないが、法の条文に抵触すれば悪、抵触しなければ善、という判断で全て足りるとするのではなく、その「法」が理性と正義に即しているか、我々はもう少し熟慮する必要があると思う。少なくとも主権者に代わって、そういう深い思考を重ねてくれる代表を私は議会に送りたい。


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