○『超左翼マガジン ロスジェネ』2009別冊「女性と貧困:生き抜く道は、どこにあるのか?」 かもがわ出版 2009.9
2008年5月に創刊された本誌は、ビジュアル重視の派手な表紙と硬派(ふう)な特集タイトルのミスマッチが、書店でも気になる存在だった。
それにしても、半裸の女性が紙幣まみれで微笑む第3号(特集・資本主義に愛はあるのか?)は、ちょっとやり過ぎじゃないか?と思っていたら、近所の書店で、真面目そうなおじさんが「なんだ、この雑誌は!こんなものを公衆の面前に置いたらいかんだろう!」と怒っているのを見てしまった。書店員は「はっ、すぐ撤去します」と平謝りだった。まあ、おじさんの反応は正当だよなあ、と思いながら、あえて「普通の人々」に拒否される外見の雑誌をつくっている人々に興味が湧いて、今度、中を読んでみよう、と思った。
この最新号は、比較的おとなしいデザインの表紙である。第1部に『ロスジェネ』第2号の刊行記念座談会(2009/2/4)、第2部に同誌第3号を踏まえた、東京大学ジェンダーコロキアム「資本主義とエロスの行方」を収録している。
結論は、ひとことのみ。全くつまらなかった。税込み840円の薄い冊子だが、内容はさらに薄い。私の感覚では、高校生が放課後の教室で仲間と喋くっている程度の内容である。よくこれを売り物にしようと発想したなあ、と、その大胆さに恐れ入る。ただ、今号は、ほぼ全編座談会記録の特別編集なので、通常号はもう少し面白いのかもしれない。その点は留保をつけておこう。
後半に登場した上野千鶴子が、本誌の編集人たちに対して、すっかり匙を投げた様子なのが、そのまま収録されているのが、わずかに読みどころである。私は上野千鶴子も決して好きではないのだが、本誌に関しては、上野さんの反応が、非常に「まとも」に感じられた。世代なのか階層なのか、分からないが、この「ロスジェネ論壇」の主張に共感する集団が、一定のボリュームで存在しているとすれば、彼らとつきあうのは、正直、しんどく感じられる。やれやれ。
※『ロスジェネ』公式ホームページ
2008年5月に創刊された本誌は、ビジュアル重視の派手な表紙と硬派(ふう)な特集タイトルのミスマッチが、書店でも気になる存在だった。
それにしても、半裸の女性が紙幣まみれで微笑む第3号(特集・資本主義に愛はあるのか?)は、ちょっとやり過ぎじゃないか?と思っていたら、近所の書店で、真面目そうなおじさんが「なんだ、この雑誌は!こんなものを公衆の面前に置いたらいかんだろう!」と怒っているのを見てしまった。書店員は「はっ、すぐ撤去します」と平謝りだった。まあ、おじさんの反応は正当だよなあ、と思いながら、あえて「普通の人々」に拒否される外見の雑誌をつくっている人々に興味が湧いて、今度、中を読んでみよう、と思った。
この最新号は、比較的おとなしいデザインの表紙である。第1部に『ロスジェネ』第2号の刊行記念座談会(2009/2/4)、第2部に同誌第3号を踏まえた、東京大学ジェンダーコロキアム「資本主義とエロスの行方」を収録している。
結論は、ひとことのみ。全くつまらなかった。税込み840円の薄い冊子だが、内容はさらに薄い。私の感覚では、高校生が放課後の教室で仲間と喋くっている程度の内容である。よくこれを売り物にしようと発想したなあ、と、その大胆さに恐れ入る。ただ、今号は、ほぼ全編座談会記録の特別編集なので、通常号はもう少し面白いのかもしれない。その点は留保をつけておこう。
後半に登場した上野千鶴子が、本誌の編集人たちに対して、すっかり匙を投げた様子なのが、そのまま収録されているのが、わずかに読みどころである。私は上野千鶴子も決して好きではないのだが、本誌に関しては、上野さんの反応が、非常に「まとも」に感じられた。世代なのか階層なのか、分からないが、この「ロスジェネ論壇」の主張に共感する集団が、一定のボリュームで存在しているとすれば、彼らとつきあうのは、正直、しんどく感じられる。やれやれ。
※『ロスジェネ』公式ホームページ