○橋本健二『「格差」の戦後史:階級社会日本の履歴書』(河出ブックス) 河出書房新社 2009.10
格差については、もう語り尽くされた感もある。しかし、本書には新しい視点が加わっている。それは表紙に掲げられたコピー「(従来の)格差/貧困論には長期的視野が欠けている」という問題意識である。
序章に言う。2005年前後から、格差と貧困の問題がにわかに注目を集めるようになった。しかし、今日の格差拡大や貧困の増大を問題視するあまり、最近までの日本には、さほどの格差がなく、問題もなかったように考えるのは誤りである。このような認識では、現代の格差も正確にとらえることはできない。そこで本書は、日本の戦後を7つの時期に区分し、格差と階級構造の歴史的変遷を論じている。それぞれの時期の特徴を要約すると、こんな感じだ。
(1)敗戦~1950年…戦時体制の影響と戦後改革によって、格差は縮小を続けた。
(2)1950年代…傾斜生産方式によって、まず大企業が立ち直ると、格差は急速に拡大に転じ、60年代初頭、ピークに達する。
(3)1960年代…高度経済成長による労働力不足の影響で、全体として賃金格差は縮小する。しかし、女性非正規雇用者の増加など、のちの格差拡大の遠因も形成されつつあった。
(4)1970年代…70年代半ばまで格差縮小が続き、中規模以上の企業労働者は貧困を脱するが、農民層と小零細企業労働者は取り残された。
(5)1980年代…中小零細企業労働者の状況が急速に悪化し、格差拡大が始まる。バブル期に雇用は拡大したが、その中身は非正規雇用者が圧倒的で、男性の非正規雇用者も着実に増えた。
(6)1990年代…企業倒産の激発と雇用の喪失によって、人々は「一億総中流」の夢から覚め、格差に注目が集まる。一方で格差拡大は「見せかけ」という議論も起こる。90年代末には誰の目にも明らかな格差拡大が本格化する。
(7)2000年代…非正規労働者の激増によって、伝統的な意味の「労働者階級」以下の存在「アンダークラス」が出現。
著者は、統計データに加えて、映画、小説、マンガ、社会的な事件などを参照して、それぞれの時代の空気を鮮やかに示している。以下、私が特に興味深いと思った論点を挙げよう。
戦争が、貧しい下層階級に、特に大きな損害を与えたことは、東京23区の空襲による死亡率や、学歴別の累積死亡率によって検証される。これを、95年の阪神・淡路大震災における、社会的弱者(女性・高齢者・低所得者)の被災率の高さと並べてみると、われわれの社会が持つ、根深い歪みが見えてくるように思う。
その歪みに気づいていた人々もいた。50年代、日本の完全失業率は2%を下回っていたが、中小企業や零細農家には、低所得の就業者が大量に存在しており、個人消費の拡大を阻んでいた。58年の『経済白書』は、日本の賃金構造の後進性を指摘するともに、低所得層の所得を引き上げ、購買力の補給をはかることは「単なる社会正義の観点からのみではなくて、十分な経済的理由をもっている」と、説得力ある提言を行っている。当時の官僚は、洞察力もあり、誠実だったんだなあ、と感銘を受けた。
また、70年代には、格差と学歴の関係に注目が集まったが、OECD教育調査団(ロナルド・ドーア、エドウィン・ライシャワーらを含む)の報告書『日本の教育政策』は、日本の社会が、近代的な意味の自由社会とは言い難く、「伝統的なカースト社会に近い」と、容赦ない診断を下しているそうだ。教育関係者が、この厳しい指摘を、もう少し真剣に受け止めていたら、と思う。
80年代の分析で興味深いのは、自民党支持率と革新政党支持率の、階級別推移である。格差拡大が中小零細企業労働者の貧困化をもたらしたにもかかわらず、彼らは、革新政党でなく、むしろ自民党支持に転じた。「さらなる労働条件の向上を訴える巨大労働組合と、これに支えられた革新政党に見切りをつけたのではないだろうか」と著者は分析している。あれから20年、今度は自民党が「見切り」をつけられたのはなぜか、ということを考える上でも示唆に富む。
戦後の日本が、どこで「曲がり角」を間違ったのか、再生のチャンスがどこにあるのかを考える材料が、いろいろ詰まった1冊である。
格差については、もう語り尽くされた感もある。しかし、本書には新しい視点が加わっている。それは表紙に掲げられたコピー「(従来の)格差/貧困論には長期的視野が欠けている」という問題意識である。
序章に言う。2005年前後から、格差と貧困の問題がにわかに注目を集めるようになった。しかし、今日の格差拡大や貧困の増大を問題視するあまり、最近までの日本には、さほどの格差がなく、問題もなかったように考えるのは誤りである。このような認識では、現代の格差も正確にとらえることはできない。そこで本書は、日本の戦後を7つの時期に区分し、格差と階級構造の歴史的変遷を論じている。それぞれの時期の特徴を要約すると、こんな感じだ。
(1)敗戦~1950年…戦時体制の影響と戦後改革によって、格差は縮小を続けた。
(2)1950年代…傾斜生産方式によって、まず大企業が立ち直ると、格差は急速に拡大に転じ、60年代初頭、ピークに達する。
(3)1960年代…高度経済成長による労働力不足の影響で、全体として賃金格差は縮小する。しかし、女性非正規雇用者の増加など、のちの格差拡大の遠因も形成されつつあった。
(4)1970年代…70年代半ばまで格差縮小が続き、中規模以上の企業労働者は貧困を脱するが、農民層と小零細企業労働者は取り残された。
(5)1980年代…中小零細企業労働者の状況が急速に悪化し、格差拡大が始まる。バブル期に雇用は拡大したが、その中身は非正規雇用者が圧倒的で、男性の非正規雇用者も着実に増えた。
(6)1990年代…企業倒産の激発と雇用の喪失によって、人々は「一億総中流」の夢から覚め、格差に注目が集まる。一方で格差拡大は「見せかけ」という議論も起こる。90年代末には誰の目にも明らかな格差拡大が本格化する。
(7)2000年代…非正規労働者の激増によって、伝統的な意味の「労働者階級」以下の存在「アンダークラス」が出現。
著者は、統計データに加えて、映画、小説、マンガ、社会的な事件などを参照して、それぞれの時代の空気を鮮やかに示している。以下、私が特に興味深いと思った論点を挙げよう。
戦争が、貧しい下層階級に、特に大きな損害を与えたことは、東京23区の空襲による死亡率や、学歴別の累積死亡率によって検証される。これを、95年の阪神・淡路大震災における、社会的弱者(女性・高齢者・低所得者)の被災率の高さと並べてみると、われわれの社会が持つ、根深い歪みが見えてくるように思う。
その歪みに気づいていた人々もいた。50年代、日本の完全失業率は2%を下回っていたが、中小企業や零細農家には、低所得の就業者が大量に存在しており、個人消費の拡大を阻んでいた。58年の『経済白書』は、日本の賃金構造の後進性を指摘するともに、低所得層の所得を引き上げ、購買力の補給をはかることは「単なる社会正義の観点からのみではなくて、十分な経済的理由をもっている」と、説得力ある提言を行っている。当時の官僚は、洞察力もあり、誠実だったんだなあ、と感銘を受けた。
また、70年代には、格差と学歴の関係に注目が集まったが、OECD教育調査団(ロナルド・ドーア、エドウィン・ライシャワーらを含む)の報告書『日本の教育政策』は、日本の社会が、近代的な意味の自由社会とは言い難く、「伝統的なカースト社会に近い」と、容赦ない診断を下しているそうだ。教育関係者が、この厳しい指摘を、もう少し真剣に受け止めていたら、と思う。
80年代の分析で興味深いのは、自民党支持率と革新政党支持率の、階級別推移である。格差拡大が中小零細企業労働者の貧困化をもたらしたにもかかわらず、彼らは、革新政党でなく、むしろ自民党支持に転じた。「さらなる労働条件の向上を訴える巨大労働組合と、これに支えられた革新政党に見切りをつけたのではないだろうか」と著者は分析している。あれから20年、今度は自民党が「見切り」をつけられたのはなぜか、ということを考える上でも示唆に富む。
戦後の日本が、どこで「曲がり角」を間違ったのか、再生のチャンスがどこにあるのかを考える材料が、いろいろ詰まった1冊である。