上下セットで一組の表紙イラストは珍しくないけれど、1冊だけでは意味不明な絵になるというのは珍しいなあ。
けっこう売れ行きが良いらしく品薄気味で、本屋に下巻が1冊だけ追加で入ってきてもわけがわからんです。
石油エネルギーが枯渇し、巨大な獣によってネジを巻かれたゼンマイ動力が全盛となった未来。電気もあるけれど、パソコンでもラジオでも足踏み式や手回し式はあたりまえ。汚染された海面が温暖化によって上昇し、遺伝子操作で生まれた害虫や疫病が猛威を振るっている時代。
タイ王国は徹底的な検疫をおこなうことで疫病や害虫ばかりでなく、伝染病に耐性を持つ遺伝子操作作物を握ることで世界経済を掌握しているバイオ企業(カロリー企業)の干渉をも排除してきていた。
しかしカロリー企業がそのような隔離政策を認めるはずもなく、さまざまな形で介入を試みていたが、そのエージェントの1人が、タイ王国が密かに隠し持っている種子バンクと遺伝子スポッターの存在に気がつき……。
……というストーリーラインで展開される群像劇。
日本が遺伝子工学によって生み出した人造人間、飼い主に捨てられて秘書から場末のダンサー兼売春婦に落とされたエミコ。新型のゼンマイ工場のオーナーであり、カロリー企業の代理人でもある西洋人アンダースン・レイク。その部下であり、虐殺を逃れてマレーシアから逃走してきた「イエローカード」、没落した老華僑ホク・セン。賄賂を受けつけない鉄の男、環境省の検疫隊“白シャツ隊”の隊長ジェイディーと笑わない副官カニヤ。死んだはずの天才的技術者で、世界の災厄の幾ばくかはこいつの責任だという遺伝子スポッターのギ・ブ・セン。
さまざまな登場人物が交錯しながら、蒸し暑く腐敗と汚濁と暴力にまみれたバンコクでの暴力的な日々が描かれています。それぞれが腹の中に欲望とか飢餓感とかを抱えていて、互いに直接関わらなくても、それぞれの行動が周囲に影響を与えて事情が二転三転。いかにも熱しやすく移ろいやすい東南アジア的な展開に、誰も彼も成功か失敗か生か死か、どちらに転ぶか最後まで分からないジェットコースター・ストーリー。
個人的には、出番が少ないながら状況を大きく動かす、ギ・ブ・センがお気に入り。面白ければすべて良しという、はた迷惑なマッド・サイエンティストで、ねじまきこそ新人類と言い放つ鬼才。捕囚の身で、死にかけていて残り時間はわずかなはずなのに、あの精神的パワフルさはなんだっ!? ある意味、人類の未来を握っているというか天秤にかけてもてあそんでいる男。
【ねじまき少女】【パオロ・バチガルピ】【鈴木康士】【チェシャ猫】【種子バンク】【幽霊】【輪廻転生】【新人類】【カロリーマン】【僧院】【ランブータン】【光学迷彩】【セクサロイド】