「ひらいたトランプ」 アガサ・クリスティー

「私はいつも間違いません。きまって私の方が正しい結果になるので、自分ながら驚いています」
　エルキュール・ポワロの言葉。このいかにも嫌みったらしい自信たっぷりの言い回しがポワロらしいし、それまでの「名探偵」のカリカチュアでもあるのかねえ。

　ポワロがシャイタナ氏に招待されたパーティーには８人の客が招かれていた。
　４人は探偵、警察官、ミステリー作家、情報局員。もう４人は若い娘に、老婦人に探検家、そして医師。ただしシャイタナ氏がポワロにこっそり打ち明けたところによると、この４人は彼のコレクションなのだという。かつて殺人を犯しながら、誰にも気づかれず大手を振って歩いている一級品の犯罪者なのだ。
　そして夕食後、２組に分かれてブリッジをしていた面々だが、気がつくと炉端で勝負を見物していたはずのシャイタナ氏が殺されていた……。

　容疑者は、全員が殺人を犯したことがあり動機も機会もあるという、意外な犯人などいないという話。クリスティは、もうあらゆるパターンをやりつくさんばかりに書きまくっています。クリスティ以前にやり残しがあったパターンやトリックは、もう後には残っていないかも。

【ひらいたトランプ】【アガサ・クリスティー】【バトル警視】【ミス・オリヴァ】【名探偵】

「さすらいのスターウルフ」 エドモント・ハミルトン

「人間にとって完全に平穏な状態というのは、死と同じことだからね」
　ヴォホル人科学者ラブティブディンの言葉。

　えっと、ハヤカワＳＦ文庫の１冊目にして初期スペースオペラの代表作。

　高重力惑星ヴァルナ出身の無法者集団スターウルフは、宇宙各地で略奪行為を繰り返し、忌み嫌われ、恐れられていた。
　主人公モーガン・ケインは、ヴァルナ育ちの地球人だが、分け前争いから仲間を殺してしまい、スターウルフの裏切り者として追われることになる。
　やがてケインは地球の外人部隊に救われるが、元スターウルフだという正体が露見すれば命はない。外人部隊を指揮するジョン・ディルロは、四面楚歌のケインの正体を察した上で役に立つと受け入れるが……。

　スターウルフって名前だけでカッコイイ。漢字で書くと「星狼」。それもカッコイイ。特撮テレビ版はオープニングが曲も映像も名作だと思います。
　ちなみに『愛しのスペース・オペラ』で「スターウルフ」の訳者でもあった野田昌宏が「高千穂遥がスターウルフを書こうとしているが」と書いていますが、その文庫版『スペース・オペラの読み方』の巻末解説で高千穂遥自身が「書けなかった。高千穂版はありえない」と断言してます。残念です。

【さすらいのスターウルフ】【エドモント・ハミルトン】【宇宙海賊】

「ＢＩＫＩ ＮＩＮＪＹＡ ＤＯＫＩ(１)」 瑞浪片奈＆チームビキニンジャ

　ニンジャが国家資格として普通に存在する世界。八戸刈家にホームステイでやってきたのは、ビキニスタイルの少女忍者だった！

　パパとママと小学生の男の子がいる一家にニンジャがやってきました！　スクール水着の日焼け跡が目立つビキニンジャ（中学生）が飛び回って、ニンジャバトルを繰り広げます！以上！

「ビキニは私のユニフォームですから」

　ガレージキットやコミックとコラボレーションで展開されている、藤子マンガでお馴染みの居候ものです。そもそも、居候忍者モノってそれだけで１ジャンルになるくらい数があるわけですが、正式の忍び装束がビキニって時点で、それは忍者かいっ！……と忍者の在り方について小一時間説教したくなります。
　いや、「スクール水着の日焼け跡が目立つビキニ」については、なんの異論もないけど……。

【ビキニンジャ　ドキッ】【わんぱく】【瑞浪片奈＆チームビキニンジャ】【美姫尼の里】

「エイリアン・テイスト」 ウェン・スペンサー

　タイトルは原題どおり『エイリアン・テイスト』。ソウヤーの新刊みたいだけれど、中身は表紙イラストがぴったりの青春アクションＳＦ。『エイリアン青春白書』とかタイトルつけて、ドラマシリーズにしたらいい感じ。中身的には『宇宙人っポイ』とつけるのが正解か？

「おまえがもしだれかを愛して、その人もおまえを愛してくれたら、つかまえて離すんじゃないぞ。彼女の身になにかふりかかるような、そんなことにならんようにな」
　マックス・ベネットの言葉。

　誘拐被害者や失踪人の探索にはずば抜けた成果を上げているベネット探偵事務所。うさんくさいと思われることもあるが、事件にかかわった捜査官たちは、皆「もし自分の身内が消息を絶ったら彼らに依頼する」と答えるという。
　その探偵事務所の切り札は、狼に育てられていたらしい21歳のユカイア・オレゴン。
　その彼らが呼び出されたのは４人の女子大生が住んでいたという森林公園の中の家。３人が何者かによって刀で惨殺され、１人が消息を絶っているというのだが……。

　若い私立探偵と美貌のＦＢＩ捜査官が関わった怪事件は、狼男か吸血鬼かと期待させておいてＸファイルだった……。

【エイリアン・テイスト】【ウェン・スペンサー】【火星探査機】【狼少年】

「神秘結社アルカーヌム」 トマス・ウィーラー

「これを切り抜けられるのは、世界中でＨ・Ｐ・ラヴクラフトだけなんだ。わしらがラヴクラフトに思いを寄せていれば、必ず戻ってくる」
　アーサー・コナン・ドイル卿の言葉。コナン・ドイルにここまで言わせるラブクラフトって……。

　おどろおどろしい表紙イラスト、いかにもなタイトル、「第一級のスリラー」だというクライブ・パーカーの賛辞。でも、どれもちょっと違う気がします。
　なんだろう。『ドラキュラ紀元』とか『リーグ・オブ・レジェンド』の怪人連盟とか『アマルガムユニバース』の設定にわくわくした人ならお勧め。ウルトラ兄弟はちょっと違う。

　霧の大英博物館前で１人の老人が車にはねられて死亡した。
　その知らせをウィンストン・チャーチルから伝えられた者こそ、アーサー・コナン・ドイル卿。名探偵ホームズの生みの親にしてイギリス国王の勲爵士であり、そして近年オカルトに走ったあげく執筆が滞っている老作家だ。
　彼は大英博物館の隠し部屋の異常に気づくと、ただちにアメリカへと旅立った。これは彼ら神秘結社アルカーヌムのなすべき義務であり、使命を果たすためには若き悪魔学者Ｈ.Ｐ.ラブクラフトの協力が不可欠だ。しかしラブクラフトは既に精神異常の殺人容疑者として収監されていた……。

　初っ端のコナン・ドイルに夫人が小型鞄を手渡すシーンはなぜか泣けてしまい、「ああ、自分はシャーロック・ホームズが好きだったのだな」と納得したものだけれど、まず、それぞれのシーンが読んでいて脳裏に浮かぶ小説。埠頭に浮かぶ惨殺死体、疾走するオートバイ、闇夜に浮かび上がる翼、摩天楼の夜景……。いかにも映画のシーンが脳裏に浮かぶストーリーだなあと思ったら、映画化決定らしい。納得。
　登場人物も、それぞれに一世を風靡した時代の超人。怪人連盟のアラン・クォーターメインとネモ船長、ジキル博士の競演に負けず劣らずの面々です。オカルトに走り周囲から嘲笑される作家コナン・ドイル。誰からも必要とされなかった小説家ラヴクラフト。美しきヴードゥーの呪術師マリー・ラヴォー。イカサマ霊媒師の敵にして映画界の寵児、脱出王フーディーニ。そしてこれら登場人物のそれぞれが一度はどん底に落ち、そこから再び起ち上がるさまがカッコイイ。
　というか、コナン・ドイルが１人ホームズ＋ワトスンで、古ぼけた鳥打ち帽と仕込み杖という姿で夜の町を駆け抜け、ラブクラフトは後に自作に登場させることになるアイテム等を駆使して怪物やアレイター・クロウリーと対決し、ハリー・フーディーニは……なんというか、もう少しで殺し屋ヴィーノに届くところまで来てるな……。
　そして最後にアルカーヌムが窮地に陥ったとき、彼らを救おうと参集してくる者たちは……って、物語の王道だよね。101みたいに。
　ただ、訳者がこだわりの大滝啓裕。原音に忠実な正しい翻訳にこだわっているので、逆に分かりづらい箇所も少しあり。

【神秘結社アルカーヌム】【トマス・ウィーラー】【扶桑社海外文庫】【エノク書】【堕天使】【ハロウィーン】

「ミニスカ宇宙海賊（パイレーツ）」 笹本祐一

「状況判断が的確で、装備と準備さえできてれば、なんだってできるよ」
　宇宙ヨット部副部長リン・ランブレッタの言葉。

　お嬢様学校の宇宙ヨット部に所属する、高校１年生の加藤茉莉香の家を怪しげな男女が訪問した。茉莉香の母、梨理香とも古い付き合いらしい彼女らは、ゴンザエモン加藤が２日前に死んだと告げた。
「ねえ、ゴンザエモン加藤ってどこの人？」
「あたしの旦那。おまえの父親だよ」
「ふうん……ええええ！」

　２人は宇宙海賊船＜弁天丸＞のクルーであり、茉莉香に船長就任を要請した。
　＜弁天丸＞は海賊船といっても私掠船。１世紀前の独立戦争のどさくさの中で発行された私掠船免状は、免状交付時の艦の存続と船長の存在が条件。船長死亡の場合は、直系の子供による世襲のみ認められるというのだ。
　そんな話を即座に受け入れられるわけでもない。回答保留のまま茉莉香はヨット部の訓練公開に出発するが、中継ステーションに長く係留されたままだった練習船＜オデットII世＞の正体は……。

　あー、確かにこの話には『エリアル』と『星のダンスを見においで』の精神が生きている。女子高生最強伝説……。
　宇宙海賊話といっても、まだ『星のダンスを見においで』のような海千山千のバケモノがぞろぞろ出てくるような展開にはなっておらず、どちらかというと、ほら、旭荘５号室から侵略戦艦に乗り込んでいってしまうような感じ。あの展開が好きな人ならたまりませんね。航法関係や電子戦のシークエンスはやたら詳しいし、女子高生はバケモノだし。
　でも＜弁天丸＞の皆さんは、いわゆる宇宙海賊というより星海企業って感じですな。
　楽しみなシリーズの開幕です。

【ミニスカ宇宙海賊】【笹本祐一】【ハーロック】【私掠船】【お嬢様学校】

「クロフツ短編集２」 Ｆ・Ｗ・クロフツ

　ぶっちゃけ言ってしまえば、古来探偵小説というのはキャラクター小説みたいなものです。言い過ぎとは思うけれど、少なくとも一般的に名前が知られている作品というのは、たいてい作品の内容より登場人物のキャラクターで覚えられているんじゃないかな。
　シャーロック・ホームズだってアルセーヌ・ルパンだって、キャラクター小説みたいなもの。名前が一人歩きしてるよね。三毛猫ホームズだってルパン三世だって、元キャラの類型的なイメージからの借用であって、作品内容へのオマージュじゃない。

　で、名探偵というのは、いろいろ二つ名というか印象的なキーワードがあるものなんだけれど、クロフツの生み出したジョジフ・フレンチ警部は、「アリバイ破り」。日本にもアリバイ破りの鬼貫警部という御方が居て、そのパロディの鬼面警部は「この時刻表に誓え！」とわけのわからないことを叫んでいましたが、それはどうでも良い話ですね。

　これはフレンチ警部の活躍する短編集。

【Ｆ・Ｗ・クロフツ】

「めぐり逢い～マーベラス・ツインズ契２」 古龍

「つまり俺たちは、この三ヶ月の間、おたがいに生きていてもらわなきゃ困る存在ってわけだ。この関係って、ひょっとして友だちっていってもいいんじゃないか」
　３ヶ月後には殺し合う約束だけれどねー。

　欺し欺され、殺し殺されの攻防も一進一退。他の勢力すべてを手玉に取っているつもりの小魚児も、女心を計算に入れていなかったことから足下をすくわれ、事態は一気に混沌状態に。
　一方、続々と集結する十大悪人は、その名に恥じない悪事を繰りかえし鬼畜ぶりを発揮しますが、そこに突如として出現した怪人が天秤を大きく動かすことになります……。

　己の知恵と武芸の限界を思い知った小魚児は、それを反省し乗り越えようとすることで真の英雄への第一歩を踏み出します……というと聞こえは良いし、主人公らしくさわやかですが、女性に対してはとことん冷たいというか鈍感。いつかまた何回目かのしっぺ返しをくわされることでしょう。
　まあ、この巻でやっとこさ17歳。まだまだガキなので仕方がないかも知れませんが、女難の伏線張りまくってます。やばいなー。これだけ想いを寄せられても、応えることなく、利用するだけしてサヨウナラではまずいよー。

【めぐり逢い】【マーベラス・ツインズ契】【古龍】【英雄復活】【約束】

「だましあい～マーベラス・ツインズ契１」 古龍

　前作の訳者あとがきで「マーベラス・ツインズ４でお目にかかりましょう」と言われて待っていたら、出てきたのは『マーベラス・ツインズ契』の１巻でした。いきなり新シリーズになっちゃったよ。
　まあ、その方が新規読者を獲得できそうという計算かなかな？

　あれから３年。
　花無缺との戦いから逃げた小魚児は正体を隠し、流浪の生活を送っていた。呆けたふりをし、時には旅芸人の一座に加わり、時には料理人となり。
　だが、その呆けた日々も終わりを告げた。彼が料理人を務めていた店で毒殺未遂事件が起こり、犯人の姿を目撃したばかりに小魚児は殺されたからだ……。

「俺は馬鹿でいたかったんだけれど……。どうやらそうもいってられないらしい」

　タイトルにあるように、だましだまされの話が続く巻。陰謀策術というかコンゲーム。一途な美少女・鉄心蘭は毒殺されかかるし、謎の怪人・黒蜘蛛は人食いの濡れ衣を着せられるし、侠気のある人物として知られた鉄無双もまた冤罪で……。
　そして17歳になった小魚児は、あいかわらず行く先々で女を泣かしておりますね。彼が自分で思うほど頭が良いか、試されるときが来ました……。

【だましあい】【マーベラス・ツインズ契】【古龍】【謀殺】【裏の裏】

「双子の運命～マーベラス・ツインズ３」 古龍

　武術の達人である女性ばかりの集団「移花宮」の中で禁断の恋に落ち、逃げ出した美貌の若者・江楓と移花宮の召使い・花月奴。
　２人の窮地を知り、義兄でもある英雄・燕南天は彼らの元へと向かうが、一足遅く、夫婦は既にこの世のものではなかった。
　かろうじて生まれたばかりの赤ん坊を救うことのできた燕南天は、仇を討つべく崑崙山の悪人谷へと向かうが、彼は知らなかった。赤ん坊は双子で、片割れは移花宮によって育てられているということを……。

　主人公がピンチなまま、いきなり過去篇。小魚児の生誕の秘密と、彼が悪人谷で悪の英才教育を受けて旅立つまでの物語。十二星相だの崑崙七剣だの川中八義だの少林寺の四神僧だの十大悪人だの、強そう、悪そうな名前がぞろぞろ出てきますが、このあたりのハッタリ加減が醍醐味ですね。

【双子の運命】【マーベラス・ツインズ】【古龍】【絶代双驕】　

「フランス中世史夜話」 渡邊昌美

　マイブームというか重点付け焼き刃項目とかいうのが、ときどき突然発生し、そういうときは関連書物や文献を一気に集めて、詰め込んで、付け焼き刃とするのです。
　この本あたりは、十字軍というか王妃エレアノール・ブームのとき。まあ、ＰＢＭ『狗狼伝承～放課後の旅人たち』のエレアノール・シナリオをプレイするときに読み込んだわけですが。

　亡霊から商工業まで、フランス中世のことならなんでも一通り扱った本。シトー会と聖ベルナールについては、ことこまかに記述されているので、とりあえずこれと『王妃…』を読めば基礎知識は十分でした。

【フランス中世史夜話】【渡邊昌美】【白水社】【十字軍】【シトー会】

「世界は悪魔で満ちている？２」 相原あきら

「自分ができるから、他の人も当然そうすべきだ、なんて考え方は正しいの？」
　天使のやり方に抗議するウチダ・マコト。

　なぜかはしらないけれど、天使っぽい姿と能力を身につけるようになった人や、同じくある日突然悪魔っぽい尻尾が生えてきて怪しい能力を身につけた人が出現し始めた世界の話。
　実は悪魔だろうという情報が流れ出したウチダ・マコトの正体を暴くべく、オカルト研究会が動き出すが、一方、正義の味方の天使もお泊まりセット片手にマコト宅に押しかけて、ご飯を作ろうと押しかけていた悪魔のイシダさんと三角関係が勃発していたのですが……。

　実際のところ無能なのに、自分のやりたいことだけを、相手の意志など無視して押しつけようとする女性キャラの群に押し寄せられる主人公の災難話。今回は、それに男性キャラも加わって……ぜんぜんすっきりしないなあ……。まあ、あまり好きなタイプの話じゃないです。
　爆弾解除コードと称して変態なセリフを読み上げさせられる天使のサクライさんは可愛かったですが。
　えっと「３分間爆弾」はハインラインネタですよ？

【世界は悪魔で満ちている？】【相原あきら】【悪魔喰らい】【押しかけ】

「大漁旗ぶるぶる乱風編」 椎名誠

　椎名誠が日本全国海辺を歩いて写真を撮りまくったフォトエッセイの第４弾。
　生け簀のある店での高いマグロの不味さに激怒し、安い店のマグロの美味さに感涙し、泡盛作りを見学したり、讃岐うどんをむさぼり食ったりの日々。
　７月に出てたんだけれど、９月に買って10月に読んでりゃ、ちょっと季節外れ。なんか青い空、青い海が無性に懐かしくなる１冊。
　確かに日本人は海を大切にしてないのかも。

【大漁旗ぶるぶる乱風編】【椎名誠】【蟹】【ホタテ】【ラーメン】

「インフェルノ ＳＦ地獄篇」 ラリー・ニーヴン＆ジェリー・パーネル

「僧侶というのは、人を助ける……地獄から、人を助けだすのがつとめなのだ」
　アレンは地獄で奇跡を見た。

　ＳＦ大会のパーティーで酔っぱらってふざけたあげくホテルの窓から転落死した主人公アレン・カーペンタイアーは、気がついてみれば地獄の三丁目で壺の中。謎の男ベニトに助け出されるが、彼にはそこが本物の地獄とは信じられない。ＳＦ作家的には、遙か未来の精神治療用施設か何かと言ったところでは無かろうか……。
　ベアトリーチェならぬベニトに案内され、ダンテ「神曲」そのままの地獄めぐりとなり、ＳＦ作家の視点からインチキを暴こうとするのだが……。

　科学の理屈で解明しようというアレン、本当の地獄だと納得させようとするベニトのＳＦ版地獄めぐり。この２人が合作して、なんでミリタリーにならないのか不思議でたまらないけれど、それが面白いんですね。

【インフェルノ　ＳＦ地獄篇】【ラリー・ニーヴン】【ジェリー・パーネル】【蜘蛛の糸】【階層宇宙】【アシモフ】

「毒杯の囀り」 ポール・ドハティ

「まさか、惑星や天体がわれわれの人生を支配しているなどという、くだらないたわごとを信じているんじやあるまいな？」
　ベツレヘムの星を無視したジョン・クランストン卿の言葉。

　1377年、ロンドンは偉大なるエドワード３世の没して直後の時代。まだ幼いリチャード２世が即位したばかりで、政情不穏な状況であった。
　チープサイドの小さな教会区を受け持つ青年托鉢修道士アセルスタンは、教会に無法者が保護を求めて飛び込んできたことから、周囲を取り巻く役人とのいざこざに巻き込まれてしまうが、ジョン・クランストン卿によって教会から無理矢理に連れ出されてしまう。
　太った酔っぱらいであるクランストン卿は、実はシティの検死官。アセルスタン修道士はその書記役も命じられていたことから、貿易商殺しの真相究明に挑まざるを得なくなったのだ。
　毒殺された富裕な貿易商トーマス・スプリンガル卿は、王侯貴族相手の金貸し業も営んでいたことから一歩間違うと醜聞があふれ出る雰囲気。犯人と目された執事は屋根裏部屋で首をつって死んでいたが、クランストン卿とアセルスタン修道士は、その死に不審なものを感じていた……。

　クランストン卿は、いつも呑んだくれているか寝ているようでありながら、聞いていることは聞いている愛妻家。一方、アセルスタン托鉢修道士は、弟の死に責任を感じていたり礼拝に訪れる未亡人に心が揺れて苦しむ生真面目青年。まだコンビというには、今ひとつ歯車が組み合っていないけれど、なかなか面白い２人です。
　あと、14世紀ロンドンの、五感に訴えかける描写が好き。さまざまな職業の老若男女が行き交う市場や街並は、足元は泥でぬめり、野卑な言葉が行き交い、水桶には小便が注ぎ込まれ、絞首刑にされた犯罪者の死体がさらし者にされたりしています。肉の焼ける匂いと糞尿の臭いが混在する世界なんです。

　でも、リチャード２世の治世もさほど長くないんだよねえ……。

【毒杯の囀り】【ポール・ドハティ】【鶯張り】【天文】