知人に「今、なろう系の本でお薦めはなに?」と訊かれると困ります。
「小説家になろう」やその他ウェブ連載作品の書籍化はかなり多くなっていますが、きちんと完結しているものはそれほどありません。話は面白いのに出版社が売ることができなくて打ち切られたり、作者のモチベーションがなくなって断筆したり、あるいは筆が乗りすぎて完結しないんじゃないかと思うくらい大長篇になっていたり。
でも、それは別にウェブ連載発でなくてもよくあることで、ぼくらはずっと佐藤大輔の『皇国の守護者』や『遙かなる星』や『レッドサン ブラッククロス』、豪屋大介の『A君(17)の戦争』の続きを待ち望んでいたし、ペリー・ローダンなんか翻訳どころか原書で読んでいたって生きているうちに完結編まで読めるとは思えません。いやいや栗本薫の『グイン・サーガ』は全100巻を豪語してシリーズを始めたものの100巻で終わらないまま著者が亡くなってしまった。いや、それを言い出したら、中里介山の『大菩薩峠』や国枝史郎の『神州纐纈城』だって未完なのだ。
ただ、人に奨めるとなると未完とか終わりそうにない話は奨められません。『EGコンバット』『レイニーブルー』止めみたいな極悪なマネはできないよね。
そういうわけで、とりあえず「ウェブ連載が初出の作品で、書籍版が完結している、もしくはウェブ連載で完結していて書籍版も最後まで出版されそうなくらいには出版社が推している」ものの中から、40代以上にもお薦めできる作品をリストアップしてみました。
『死神を食べた少女』 七沢またり
剣と魔法の世界で直感と本能のままに戦い、むさぼり食らう少女シェラの物語。昨今のライトノベルのような軽さと、ホラー映画みたいなヒロインの強さと、ダンセイニあたりと幻想と現実の境界線があやふやな世界観が魅力的で、やはり同じように人格が壊れてしまった少女が巨大な武器を振り回して暴れ回る『火輪を抱いた少女』も合わせてお薦め。
『異世界食堂』 犬塚惇平
ファンタジー世界の住人たちに現代日本の食事を提供してみよう……という、ある意味、既に1つのジャンルになってしまっているような作品群の中から代表作を。
オフィス街の一角、雑居ビルの地下にある「洋食のねこや」は週に一度、裏口が異世界の各地につながってしまう。毎週土曜日はオフィス街のお店は休業だけれど、ドラゴンや魔法使いなど異世界の住人たちがシチューやカツサンドを堪能しにやって来る……という話で、1話完結の連作短編集なので、飽きずにどこからでも読めちゃいます。異世界での物語や各種族ごとの個性と料理がうまくマッチしたストーリーです。
『ぼくは異世界で付与魔法と召喚魔法を天秤にかける』 横塚司
学校丸ごと異世界転移してしまい、異能を身につけるも異世界のモンスターに襲われて死んでしまう者も出るし、仲間割れでクラスが分裂することも……という、これまたクラス集団転移というジャンルができるくらい類似作が多いけれど、その中でもストーリー展開が面白く、それでいて全9巻という手頃な分量で完結しているのでお薦め。ただ、イラストが本当にモンスターとか異世界を描写できていないので、そこだけが難点。
『この世界がゲームだと俺だけが知っている』 ウスバー
現実そのままに体感できるゲームをプレイしてますとか、その世界からログアウトできなくなりましたとか、ゲームそのままの世界に転生してしまったという話も多いのですが、プレイ日記みたいに終わらなくて延々と続く、最初は面白かったのに中だるみしたまま戻らない、書籍化が打ち切られる、ウェブ連載が止まるというのも多いのです。そもそも元祖と言うべきローゼンバーグの『眠れる龍』だって1巻打ち切りです。
定番と言えば(なろうではないけど)『ソードアート・オンライン』をマザーズ・ロザリオ編まで読めば十分という気がしないでもありませんが、あえて挙げるなら『この世界がゲームだと俺だけが知っている』。
バグだらけの仮想現実体験型ゲーム「猫耳猫」そのままの世界に転移して帰還不能に陥ってしまったのを、ゲームの裏技を駆使して乗り切り、その世界の危機も救ってしまうもので、イラストと本文がうまく連係していて、9巻完結と長さも手頃です。やりこみゲーマーがテクニックを駆使して暴れる話の中でも、その身もふたもなさでは筆頭です。
他にも面白い話は多いけれど、ウェブも書籍版も完結していないと二の足を踏みます。面白い話が途中で止まってしまうと、読んでる方は辛いんですよね。
その中で、ウェブでは完結していて、書籍版もなんとか最後まで行きそうなものを幾つか。
『本好きの下剋上』 香月美夜
本好き少女が図書館で圧死して異世界に転生したものの、識字率が低い世界で本そのものが王侯貴族や教会の一部にしかなく、しかも自分は貧乏な兵士の家に虚弱体質で生まれてしまったという逆境下で「本がなければ作れば良い」と紙を作るところから始める物語。
シリアスとコメディのバランスが良く、キャラクターが魅力的で、それでいて魔法の存在する世界での封建的身分制度のありように説得力があります。よくある「平民が簡単に貴族に成り上がれる」とか「貴族がやたら平民に親切でもあたりまえ」という世界ではありません。王侯貴族と平民では、単に貧富の差だけではなく、価値観から在り方そのものまでが違って相容れないのです。そこを「本が好き」というだけで、1つずつ突破していくところが面白さです。
『人狼への転生 魔王の副官』 漂月
異世界の人狼に転生して魔王の副官になった青年が、世界を大きく動かしつつも、自分ごときは大した活躍はしてないよと言い張って周囲から白い目で見られる、自己評価低い系主人公の話。読者を泣かせ、笑わせ、胸を熱くさせられる作品だと思います。
エピソードの取捨選択も巧く、いろいろ横道それたり大事件が連発しているようでいて、気がつけばサクサク話が進んでいくストーリー展開の早さも魅力です。ウェブ版は後日譚まで含めて完結。書籍もそろそろ後半も半ばに差し掛かってます。