今年も読んで愉しい小説がいっぱい。
そして、ここ最近の特色は、商業出版で打ち切られた作品でオンデマンドなどの自主刊行で続き始めるものが出てきたこと。レベキューあたりからかな。同人誌制作のレベルが上がったのとクラウドファンディングが定着してきたこととの相乗効果。面白いのに出版社の売り方が下手だか運が悪かったか書店の棚から消えて続きが読めなかったものも多いので、そこから復活する作品が増えるといいなあ。
でも、それの行き着くところは出版社不要……なんだけれど。
『魔術師クノンは見えている』 南野海風
過去の大戦の17人の英雄の子孫には時折片腕とか耳とか何かがない子が誕生し、それは「英雄の傷痕」と呼ばれて尊ばれた。しかし、それは視力を持たず生まれたクノンやその家族には慰めにならないことだ。好きな家族の顔も見えなければ、文字を読むこともできないのだ。しかし、クノンはやがて魔法の才能に目覚め、魔法で目の代わりをすることを思いつく……。
盲目で陰鬱な少年が魔術の取得と侍女の影響で変に陽気になっていき、今までの反動か周囲もツッコミが難しいナンパな言動で周囲を振り回していく成長譚。ポジティブ過ぎる侍女イコとのコンビネーション、ひどいことを笑顔でさわやかに言い放つ主人公との会話が愉しい作品。着任して早々教えることがなくなって悶絶して四苦八苦する家庭教師の奮闘も素晴らしい。
『裏庭の隠しダンジョンで「起業」し、年収120億円を達成するための戦略』 三上康明
世界に「ダンジョン」が出現して10年。日本でもダンジョンから採掘された魔結晶が発電量の大半を占めるようになっており、一攫千金を目指してダンジョンに潜る「マイナー」が数多く生まれていた。ブラック企業に勤める月野宏は、40歳になって町外れの一軒家を購入したのだが、その裏庭にはぽっかりとダンジョンの入り口が口を開けていた……。
いわゆる「裏庭迷宮」ものでビジネス小説の側面もあり、中年男の「夢小説」という視点では正しい展開のサクセスストーリー、全1巻。このラストの展開はまさにサラリーマン小説の王道なのです。
『魔王と勇者の戦いの裏で』 涼樹悠樹
チートも戦闘能力も無かったが、気がつけばよく知るRPGに似た世界に転生していた。そのポジションはおそらく中盤以降に起きる魔軍の王都襲撃で十把一絡げに死ぬあたりの貴族の子弟だ……。
現代日本からRPGのゲーム世界にモブキャラとして転生した男が、勇者一行が魔族の討伐に出ている間に、いや、魔王の討伐に出る前に経験値が得やすい修行の場を助言し、優れた装備を取り寄せるために商隊や護衛の手配をし、各地に斥候を送り出すなどして地ならしをする縁の下の力持ちストーリー。そりゃあ、魔王退治に勇者を送り出すのに布の服に木の棒はあるまいて。
『拝啓勇者様。幼女に転生したので、もう国には戻れません!』 黒井ちくわ
魔王討伐で勇者をかばって瀕死となった魔女アニエスは不確実な転生魔法に成功し、辺境の開拓村で病死した幼女リタに乗り移ることで生き残った。当分は魔王の脅威はなかろうし、戻って宮廷政治に巻き込まれたくもないアニエスはひっそりリタとして生きることにしたのだが、その頃、勇者ケビンは老魔女の生存を信じて捜索を続けていた……。
見た目は子供(3歳)!頭脳は老人(212歳)!な、低身長金髪ロリ魔女の成り上がり譚。能力はほとんど前世と遜色ないものの、転生幼女としては身分が低くて立場が弱く、前世魔女の立場としては転生が知られて暗殺者が送られてくるという二重苦からの逆転劇です。
『見切りから始める我流剣術』 氷純
猟師の息子リオは村の道場のやり方が性に合わず、ひとり我流で剣を学ぼうとするのだが、とにかく彼には剣の才能がなかった……。
剣豪小説の旅もの冒険譚。基本は少年の成長譚+謎の少女(妹)の覚醒+未知の魔物と暗躍する謎の集団と王道。でも、未知の魔物が出てきた時にまず解剖して弱点を探ろうとかファンタジーとしては異色の「頭の良い活劇」。ウェブでは完結してるので、続きが気になったらそちらで追うのもヨシッ!
『探索魔法は最強です』 ななみや
ランク落ちして所属していたパーティ連合をクビになってしまったロノムだが、それも上司の都合で専門外の仕事や雑用ばかり押しつけられていたせいだ。そんなことを飲み友達に愚痴っていたら、それなら新しいチームを自分で立ち上げてしまえとけしかけられてしまう。それも酒の上での戯れ言と思っていたら、元のチームとの折り合いが悪くて無所属状態の冒険者というのは他にもいて、あれよあれよという間にチーム結成が既成事実となっていく……。
パワハラで追い出された男が実は元の組織を根底で支えていて、しがらみから抜け出すことで周囲に実力を認めさせていく、いわゆる「追放もの」の王道ストーリー。王道ってのは「ありきたりでつまらない」のではなく「手堅く面白い」ということなのだ。このジャンルの代表作と言いたい1冊。
『鍋で殴る異世界転生』 しげ・フォン・ニーダーサイタマ
もともと高校生が転生しても異世界で通用する知識など普通は持っていないし、チートな能力もないといわれ、あるのは市民権と冒険者見習いという職業だけだが、それだけあったら上等と神様に放り出された先は戦場。転生者ことクルトは敵の矢が降りしきる中、鍋1つで立っていた……。
戦場を鍋1つで生き残ろうと頑張る少年《鍋》のクルトと、火魔法を使う《平坦なる》イリスを中心としたパーティーの冒険譚。近世ドイツ風の異世界で若干のクトゥルフ神話フレイバーあります。無貌の神とか導入部のトリックスターとして便利だよね。
『RE:異世界から帰ったら江戸なのである』 左高例
異世界から日本に帰還したクロウだが、中身はすっかり爺になっていたのに魔王によって若返ったり性転換させられたりしてロリ巨乳になっていた。しかも少々時間座標がズレていて、たどり着いたのは享保年間の江戸時代。江戸で暮らしていくために魔法の力を天狗の妖術だと言い張り、不味くて流行らない蕎麦屋に居候することにしたのだが……。
女天狗の九子と名乗る異世界帰りのTS魔法戦士を主人公にした時代小説風日常コメディで、「小説家になろう」連載分を全面改稿した書籍版『異世界から帰ったら江戸なのである』をさらにリブートしてKindle版で発表したものをさらにオンデマンド出版したもの。 前回の書籍版よりスッキリしていてテンポ良く、さらに面白くなっています。この話の面白さは「異世界+江戸」の江戸の部分なので、異世界パートを膨らませすぎた前作はちょっと流れが悪かったですよね。2巻も出るので楽しみ。
『紅蓮戦記』 芝村裕吏
豊かで平和な国は周りにしてみれば美味しい狩り場なのだ。周辺諸国に寄って集って攻められてルース王国は滅亡。唯一残って戦い続けていた、14歳の魔術指揮官ソンフラン大尉の部隊にルース王国として最後の命令が届いた。ただ「生き延びろ」と……。
部隊を率いてあてどもなく撤退戦を続ける天才指揮官を主役に語られる英雄譚。いくら自国が平和第一で軍事より経済を優先しようとも、周辺国家の性根が腐っていたら元も子もないよね、肥えた豚は食われるだけだよという教訓から始まる逃走劇。良い国でも弱ければ国際社会で生き残るのは難しいのです。
『召還社畜と魔法の豪邸』 紫十的
ブラックな派遣会社でシステム開発の絶賛デスマーチ中のプログラマー5人が、突発事故でどことも分からない異世界に放り出された。それは「やむを得ない理由」だし、納期に間に合わなくても仕方がないよね!と開き直って喜ぶ彼らの前に現れたのは、体育座りしたままの小さな女の子だった……。
魔法屋敷に住み着いた元社畜SE(現奴隷)たちが呪われた少女を守って生活環境を改善したり領主と交渉したりワイバーンと戦ったりしながらフリーライフをめざすけれど、異世界でもリバースエンジニアリングやって、無茶な仕様変更に振り回され、営業の安請負のしわ寄せにデスマーチで対応し、バグ取りで徹夜……とあいかわらずの奴隷生活が続く異世界のんびりSE。
『モブ同然の悪役令嬢は男装して攻略対象の座を狙う』 岡崎マサムネ
公爵家の令嬢エリザベス・バートンが「ありがちな展開だな」と思いつつ、自分が乙女ゲーム「Royal LOVERS」の世界に転生していることに気がついた。そこで思いついたのは、自分が攻略される側に回ってヒロインとくっつけばいいんじゃないか? ヒロインに攻略されたら絶対に幸せになれるはず! その考えがおかしいと教えてくれる人もないまま、公爵令嬢は髪を切り、筋トレと剣の修行に明け暮れ、13歳の時には騎士団候補生に混ざって訓練していた。もちろん、教官として……。
男装して自分を磨いているうちに女の子たちにキャーキャー言われるナンパなキャラになり、さらに他の攻略対象との関係もなぜか進行してしまっているというというおバカ恋愛コメディ。「女装は男にしか出来ないのだから男らしい趣味だ」とか「たかが3階。飛び降りるだけで十分ですよ」「私を襲える暴漢は熊くらいと言われました」とかおかしなフレーズ満載。
『現代ダンジョンライフの続きは異世界オープンワールドで!』 しば犬部隊
地球上に出現したダンジョンを攻略していた上級探索者、遠山鳴人は仲間を逃がしてその奥で死んでしまい、ダンジョンに呑み込まれたはずが、目を覚ますとそこは異世界だった。彼を導いた謎の声がいうところのオープンワールドだ……。
いきなり死地の連続から始まる(そのうち1回は本当に死んだ)、最凶の強欲冒険者の「めざせ!異世界スローライフ」もの。理性と狂気が同居していて、欲望のままに突き進む強欲冒険者。別に人を殺したくはないけれど、それしか方法がなければまったく躊躇しない彼に対峙するのは、数多の生命の到達点として君臨する竜としては幼竜だけれど、誇り高く、傲慢で、立ち塞がるものは皆殺しにし、気に入ったものはすべて手に入れる蒐集竜。意外に似たもの同士の駆け引きが繰り広げられます。巻き込まれる方は良い迷惑です。
そして今年は『フシノカミ』 が本編全7巻でタイトルまで回収して見事に完結。前世の記憶持ちが辺境の貧しい農民から成り上がっていくという典型的な初期設定をオリジナリティあふれたストーリーで見事に開花させ、伏線を綺麗にたたみ込んで完結。これくらいの長さでこれくらい面白い話、いわゆる大河ドラマ的な作品がもっと出てくると良いなあ。「遠山の金さん」とか「暴れん坊将軍」とかお約束のパターンが延々と繰り返される物語もきらいじゃないけれど、たとえば「水戸黄門」を今、第1部の第1話から第45部の最終回まで1248話をしっかり見ましょうと言われても困りません?
以上12タイトルが今年のおすすめ。
本当はもっとあるんだろうけれど、月に出る新刊が200タイトル前後。ロマンス系が強い女性向けレーベルとかごっそり対象から外し、タイトルや表紙イラストのぱっと見で絞ってみても人間一人でチェックするには多すぎます。1日7冊読んで消化できるかどうかだものなあ。それに古い本だって何度も読み返したいものが多いしね。
とりあえず、視力と資力が尽きない限り頑張ろう(無理して頑張ることじゃないけど)。
それでは皆様、よいお年を。
そして、ここ最近の特色は、商業出版で打ち切られた作品でオンデマンドなどの自主刊行で続き始めるものが出てきたこと。レベキューあたりからかな。同人誌制作のレベルが上がったのとクラウドファンディングが定着してきたこととの相乗効果。面白いのに出版社の売り方が下手だか運が悪かったか書店の棚から消えて続きが読めなかったものも多いので、そこから復活する作品が増えるといいなあ。
でも、それの行き着くところは出版社不要……なんだけれど。
『魔術師クノンは見えている』 南野海風
過去の大戦の17人の英雄の子孫には時折片腕とか耳とか何かがない子が誕生し、それは「英雄の傷痕」と呼ばれて尊ばれた。しかし、それは視力を持たず生まれたクノンやその家族には慰めにならないことだ。好きな家族の顔も見えなければ、文字を読むこともできないのだ。しかし、クノンはやがて魔法の才能に目覚め、魔法で目の代わりをすることを思いつく……。
盲目で陰鬱な少年が魔術の取得と侍女の影響で変に陽気になっていき、今までの反動か周囲もツッコミが難しいナンパな言動で周囲を振り回していく成長譚。ポジティブ過ぎる侍女イコとのコンビネーション、ひどいことを笑顔でさわやかに言い放つ主人公との会話が愉しい作品。着任して早々教えることがなくなって悶絶して四苦八苦する家庭教師の奮闘も素晴らしい。
『裏庭の隠しダンジョンで「起業」し、年収120億円を達成するための戦略』 三上康明
世界に「ダンジョン」が出現して10年。日本でもダンジョンから採掘された魔結晶が発電量の大半を占めるようになっており、一攫千金を目指してダンジョンに潜る「マイナー」が数多く生まれていた。ブラック企業に勤める月野宏は、40歳になって町外れの一軒家を購入したのだが、その裏庭にはぽっかりとダンジョンの入り口が口を開けていた……。
いわゆる「裏庭迷宮」ものでビジネス小説の側面もあり、中年男の「夢小説」という視点では正しい展開のサクセスストーリー、全1巻。このラストの展開はまさにサラリーマン小説の王道なのです。
『魔王と勇者の戦いの裏で』 涼樹悠樹
チートも戦闘能力も無かったが、気がつけばよく知るRPGに似た世界に転生していた。そのポジションはおそらく中盤以降に起きる魔軍の王都襲撃で十把一絡げに死ぬあたりの貴族の子弟だ……。
現代日本からRPGのゲーム世界にモブキャラとして転生した男が、勇者一行が魔族の討伐に出ている間に、いや、魔王の討伐に出る前に経験値が得やすい修行の場を助言し、優れた装備を取り寄せるために商隊や護衛の手配をし、各地に斥候を送り出すなどして地ならしをする縁の下の力持ちストーリー。そりゃあ、魔王退治に勇者を送り出すのに布の服に木の棒はあるまいて。
『拝啓勇者様。幼女に転生したので、もう国には戻れません!』 黒井ちくわ
魔王討伐で勇者をかばって瀕死となった魔女アニエスは不確実な転生魔法に成功し、辺境の開拓村で病死した幼女リタに乗り移ることで生き残った。当分は魔王の脅威はなかろうし、戻って宮廷政治に巻き込まれたくもないアニエスはひっそりリタとして生きることにしたのだが、その頃、勇者ケビンは老魔女の生存を信じて捜索を続けていた……。
見た目は子供(3歳)!頭脳は老人(212歳)!な、低身長金髪ロリ魔女の成り上がり譚。能力はほとんど前世と遜色ないものの、転生幼女としては身分が低くて立場が弱く、前世魔女の立場としては転生が知られて暗殺者が送られてくるという二重苦からの逆転劇です。
『見切りから始める我流剣術』 氷純
猟師の息子リオは村の道場のやり方が性に合わず、ひとり我流で剣を学ぼうとするのだが、とにかく彼には剣の才能がなかった……。
剣豪小説の旅もの冒険譚。基本は少年の成長譚+謎の少女(妹)の覚醒+未知の魔物と暗躍する謎の集団と王道。でも、未知の魔物が出てきた時にまず解剖して弱点を探ろうとかファンタジーとしては異色の「頭の良い活劇」。ウェブでは完結してるので、続きが気になったらそちらで追うのもヨシッ!
『探索魔法は最強です』 ななみや
ランク落ちして所属していたパーティ連合をクビになってしまったロノムだが、それも上司の都合で専門外の仕事や雑用ばかり押しつけられていたせいだ。そんなことを飲み友達に愚痴っていたら、それなら新しいチームを自分で立ち上げてしまえとけしかけられてしまう。それも酒の上での戯れ言と思っていたら、元のチームとの折り合いが悪くて無所属状態の冒険者というのは他にもいて、あれよあれよという間にチーム結成が既成事実となっていく……。
パワハラで追い出された男が実は元の組織を根底で支えていて、しがらみから抜け出すことで周囲に実力を認めさせていく、いわゆる「追放もの」の王道ストーリー。王道ってのは「ありきたりでつまらない」のではなく「手堅く面白い」ということなのだ。このジャンルの代表作と言いたい1冊。
『鍋で殴る異世界転生』 しげ・フォン・ニーダーサイタマ
もともと高校生が転生しても異世界で通用する知識など普通は持っていないし、チートな能力もないといわれ、あるのは市民権と冒険者見習いという職業だけだが、それだけあったら上等と神様に放り出された先は戦場。転生者ことクルトは敵の矢が降りしきる中、鍋1つで立っていた……。
戦場を鍋1つで生き残ろうと頑張る少年《鍋》のクルトと、火魔法を使う《平坦なる》イリスを中心としたパーティーの冒険譚。近世ドイツ風の異世界で若干のクトゥルフ神話フレイバーあります。無貌の神とか導入部のトリックスターとして便利だよね。
『RE:異世界から帰ったら江戸なのである』 左高例
異世界から日本に帰還したクロウだが、中身はすっかり爺になっていたのに魔王によって若返ったり性転換させられたりしてロリ巨乳になっていた。しかも少々時間座標がズレていて、たどり着いたのは享保年間の江戸時代。江戸で暮らしていくために魔法の力を天狗の妖術だと言い張り、不味くて流行らない蕎麦屋に居候することにしたのだが……。
女天狗の九子と名乗る異世界帰りのTS魔法戦士を主人公にした時代小説風日常コメディで、「小説家になろう」連載分を全面改稿した書籍版『異世界から帰ったら江戸なのである』をさらにリブートしてKindle版で発表したものをさらにオンデマンド出版したもの。 前回の書籍版よりスッキリしていてテンポ良く、さらに面白くなっています。この話の面白さは「異世界+江戸」の江戸の部分なので、異世界パートを膨らませすぎた前作はちょっと流れが悪かったですよね。2巻も出るので楽しみ。
『紅蓮戦記』 芝村裕吏
豊かで平和な国は周りにしてみれば美味しい狩り場なのだ。周辺諸国に寄って集って攻められてルース王国は滅亡。唯一残って戦い続けていた、14歳の魔術指揮官ソンフラン大尉の部隊にルース王国として最後の命令が届いた。ただ「生き延びろ」と……。
部隊を率いてあてどもなく撤退戦を続ける天才指揮官を主役に語られる英雄譚。いくら自国が平和第一で軍事より経済を優先しようとも、周辺国家の性根が腐っていたら元も子もないよね、肥えた豚は食われるだけだよという教訓から始まる逃走劇。良い国でも弱ければ国際社会で生き残るのは難しいのです。
『召還社畜と魔法の豪邸』 紫十的
ブラックな派遣会社でシステム開発の絶賛デスマーチ中のプログラマー5人が、突発事故でどことも分からない異世界に放り出された。それは「やむを得ない理由」だし、納期に間に合わなくても仕方がないよね!と開き直って喜ぶ彼らの前に現れたのは、体育座りしたままの小さな女の子だった……。
魔法屋敷に住み着いた元社畜SE(現奴隷)たちが呪われた少女を守って生活環境を改善したり領主と交渉したりワイバーンと戦ったりしながらフリーライフをめざすけれど、異世界でもリバースエンジニアリングやって、無茶な仕様変更に振り回され、営業の安請負のしわ寄せにデスマーチで対応し、バグ取りで徹夜……とあいかわらずの奴隷生活が続く異世界のんびりSE。
『モブ同然の悪役令嬢は男装して攻略対象の座を狙う』 岡崎マサムネ
公爵家の令嬢エリザベス・バートンが「ありがちな展開だな」と思いつつ、自分が乙女ゲーム「Royal LOVERS」の世界に転生していることに気がついた。そこで思いついたのは、自分が攻略される側に回ってヒロインとくっつけばいいんじゃないか? ヒロインに攻略されたら絶対に幸せになれるはず! その考えがおかしいと教えてくれる人もないまま、公爵令嬢は髪を切り、筋トレと剣の修行に明け暮れ、13歳の時には騎士団候補生に混ざって訓練していた。もちろん、教官として……。
男装して自分を磨いているうちに女の子たちにキャーキャー言われるナンパなキャラになり、さらに他の攻略対象との関係もなぜか進行してしまっているというというおバカ恋愛コメディ。「女装は男にしか出来ないのだから男らしい趣味だ」とか「たかが3階。飛び降りるだけで十分ですよ」「私を襲える暴漢は熊くらいと言われました」とかおかしなフレーズ満載。
『現代ダンジョンライフの続きは異世界オープンワールドで!』 しば犬部隊
地球上に出現したダンジョンを攻略していた上級探索者、遠山鳴人は仲間を逃がしてその奥で死んでしまい、ダンジョンに呑み込まれたはずが、目を覚ますとそこは異世界だった。彼を導いた謎の声がいうところのオープンワールドだ……。
いきなり死地の連続から始まる(そのうち1回は本当に死んだ)、最凶の強欲冒険者の「めざせ!異世界スローライフ」もの。理性と狂気が同居していて、欲望のままに突き進む強欲冒険者。別に人を殺したくはないけれど、それしか方法がなければまったく躊躇しない彼に対峙するのは、数多の生命の到達点として君臨する竜としては幼竜だけれど、誇り高く、傲慢で、立ち塞がるものは皆殺しにし、気に入ったものはすべて手に入れる蒐集竜。意外に似たもの同士の駆け引きが繰り広げられます。巻き込まれる方は良い迷惑です。
そして今年は『フシノカミ』 が本編全7巻でタイトルまで回収して見事に完結。前世の記憶持ちが辺境の貧しい農民から成り上がっていくという典型的な初期設定をオリジナリティあふれたストーリーで見事に開花させ、伏線を綺麗にたたみ込んで完結。これくらいの長さでこれくらい面白い話、いわゆる大河ドラマ的な作品がもっと出てくると良いなあ。「遠山の金さん」とか「暴れん坊将軍」とかお約束のパターンが延々と繰り返される物語もきらいじゃないけれど、たとえば「水戸黄門」を今、第1部の第1話から第45部の最終回まで1248話をしっかり見ましょうと言われても困りません?
以上12タイトルが今年のおすすめ。
本当はもっとあるんだろうけれど、月に出る新刊が200タイトル前後。ロマンス系が強い女性向けレーベルとかごっそり対象から外し、タイトルや表紙イラストのぱっと見で絞ってみても人間一人でチェックするには多すぎます。1日7冊読んで消化できるかどうかだものなあ。それに古い本だって何度も読み返したいものが多いしね。
とりあえず、視力と資力が尽きない限り頑張ろう(無理して頑張ることじゃないけど)。
それでは皆様、よいお年を。