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好きな本とかについて、ちょこちょこっと書く場所です。蔵書整理の見通しないまま、特にきっかけもなく08年12月ブログ開始。

ただひと突きの……

2020-05-03 18:52:58 | 読んだ本

シリル・ヘアー/和田一郎訳 1965年発行・1993年再版 ハヤカワ・ポケット・ミステリ
これは去年の9月に買った古本。最近やっと読んだ。
『法の悲劇』読んだら、それで満足しちゃったというわけでもないが、どうにも古いミステリへの渇きがしばらく減ったもんで。
原題「With a Bare Bodkin」は1946年の作品。Bodkin って単語、辞書ひかなきゃわかんなかったんだけど、千枚通しのこと。
シリル・ヘアーの古本は手に入りにくいと思い込んでたんだが、これはあっさりふつうに見つけることできた。
巻末の広告みたら、「1600番突破記念復刊! 全20点」ってラインナップのなかに含まれてるんで、再版のものはけっこう数出回ってるのかも。
さて、裏表紙のこの本の紹介の文章の最後に、「滋味あふるるユーモアをこめて描く本格ミステリの秀作」ってあるんだけど。
前に読んだ『英国風の殺人』の巻末解説には、「この作家のものとしては出来の悪い方だが、一般的な水準には充分に達している」なんて微妙な評価にとどまっている。
おなじく『自殺じゃない!』の巻末解説には、「『法の悲劇』に続いて、戦後のヘアーは『ただひと突きの……』という凡作を挟み(略)」なんてあって、物の数に入れてもらえてない。
まあ、たしかに、なんかあっさりした感じの物語ではあるが。
時系列的には、『法の悲劇』と『風が吹く時』のあいだにあって、第二次世界大戦下の時代。
上記二作に出てきた弁護士ペティグルーが主役、前作同様ロンドン警視庁のマレット警部と事件解決にあたる。
ペティグルーはロンドンを離れて、ピン統制局っていうなんだかわかんない政府組織の法律顧問に就任する。
そのマーセット・ベイって土地の職場でいっしょに働くうちの何人かは同じ寄宿寮に住むことになったんだが、そのうちのひとりが探偵小説家というもうひとつの顔を持っていることに気づく。
すると主要登場人物たちは、その作家を巻き込んで、寄ってたかって、この統制局を舞台に推理小説をつくろうとか言いだして、やっぱトップの長官が刺殺されるのがいいだろうなんて筋書きづくりに熱中する。
そうこうしてるうちに、ほんとに殺人事件が起きてしまう、原題の Bare Bodkin のとおり剥き出しの千枚通しでブスッとひと刺し。
私は裏表紙のあらすじ紹介とか読まないままに、とっかかったんで、誰が殺されるか知らないまま読み進んで、意外なひとが被害者だなと思わされた、なんつーかどうでもよさそうな人物にみえてたから。
それは作中人物の証言でも裏づけされることで、被害者に敵がいなかったかと問われた上司の女性は、
>あのような無能な人に対して敵意を抱くなんてムリですわ。あのひとの愚かしい行動はひじょうにわずらわしく、ずいぶん悩まされましたし、癪に障ることもありましたけれど、でもそれは敵意とは違います。(p.147)
なんて死者に遠慮なく評してるくらいだから。
そうそう、だから動機がわからないというとこで、マレット警部も最後まで悩んで、
>大至急殺す必要に迫られ、驚くべき危険をおかしてそれを決行したんです。なぜです? (p.185)
なんて言う、犯行は昼間、お茶の時間の直前に、事務所のなかで行われて、周りの部屋には多くのひとがいたのに目撃者はいない、犯人は運がよかったのか。
登場人物たちは、やろうと思えば誰もが犯罪を実行できたようで、アリバイがないんだけど、動機も全然見当たらない。
物語のべつの軸である、違法取引の摘発案件の情報漏洩とか、ペティグルーの秘書の縁談とかってのが、謎解きにかかわってくるのかと、なんとなく期待はするんだけど。
捜査自体は登場人物を一回ずつ事情聴取するくらいで、あとは新たな惨劇とか派手なイベントも発生せず、なんか淡々と進んでく感じ。
まあ、アッと驚く仕掛けとかがウリぢゃなくて、212ページの本なのに、ようやく事件が発生すんのが98ページになってからという調子で、ゆったりとそこ至るまで物語がすすみ、そしてほぐれてくのが味なんだから、読んでて心地よければ、それでよしとしよう。

コメント
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