先崎学 二〇二〇年一月 文藝春秋
先ちゃんこと先崎九段の新刊が出てたってことを知って、急いで買って読んだのはもうひと月くらい前のことになろうか。
帯に「将棋とメシをめぐる物語」ってあって、表紙もそんな絵だから、対局のときのメシの話かと思わされたが、もちろんそんなんぢゃなかった。
食べもののことはとっかかりにすぎなくて、棋士という、やっぱ将棋指しというべきか、勝負の世界に生きる人種のことが主題、そうこなくちゃ。
「はじめに」のなかで「私が今まで決して書かなかったこと」とか言い出したんで、どうしたと思ったんだが、酒でつぶれた(著者本人ではなく後輩の)話が複数あったのには驚いた、救急車呼んぢゃったこととかまで書いて、いいのかなー。
自身が休場している期間に、藤井聡太七段の登場(登場したときは四段だったが)で観る将的ブームきて、出前に何頼んだかが注目されるなんて、以前は考えられなかった事態が起きてたんで、近くの店の名前を出してきてるけど、やっぱおもしろいのは、そういう昔からある店での古き良き時代のこと。
大先輩の対局が終わったあと、勝ったほうをうまくホメて、「鰻でも食いに行くか」と言わせて、おごってもらうなんてのはいい話だ。
鰻については、むかしは棋士が不始末をすると、事態収拾で迷惑かけた将棋連盟職員全員に鰻を振る舞っておしまいにするというならわしがあったという。
たまに、タイトルを獲った棋士が職員に鰻を出したこともあったというが、近年では羽生九段(ここでは永世七冠というべきか)が国民栄誉賞を取った後に職員全員に鰻を振る舞ったという。
>そして思い出した。彼も我々と同じ年代、古い将棋界で修業した古風な人間なのだったよな、と。(p.175)
って感想をもつ、いい話なんだけど、その前に書いてあるように、第一感のほうは「羽生の奴なんかやらかしたのか、と思った」だったっていうんだから、やっぱ鰻の差し入れはお詫びの意味って文化が根強いらしい。
羽生・先崎両名は同世代だから、これまでの著作でもいろいろエピソードは書かれているが、やっぱ独特な間柄って感じがする。
本書には、二人で長時間の生放送の解説の仕事をして、これほど我慢強い人間はいないという羽生の口から「疲れた」って言葉がこぼれ、終了後に「先崎くん、ありがとう」と言って帰ったって話があるんだが、いいシーンだ。
あと、これもいつものことだけど、モテ光くんこと佐藤康光会長を俎上にあげるときは容赦なくておもしろい。
団体の長にとって一番大事なのは奥さんを大事にすることなんだよ、ってアドバイスをしたら、康光先生はそのまんま奥さんに、先崎にこんなこと言われたって教えちゃったというんで、なんてアホなんだってこきおろすんだけど、まっすぐな人だなー、だから昔からからかわれやすいんだけど。
ただ、ひとつ「本邦初公開のもの」って、焼肉屋のカルビを大人数で食べ尽くした、それ康光君と勘定もったってエピソードがあるけど、それって『先崎学の実況!番外戦』で既出ですよ。
まあ、なんべん読んでもおもしろいからいいだけど。
コンテンツは以下のとおり。
第一局 みろく庵
第二局 ほそ島や
第三局 代々木の店
第四局 チャコあやみや
第五局 焼肉 青山外苑
第六局 きばいやんせ
第七局 ふじもと