先崎学 2015年 日本将棋連盟
これは、つい最近、たまたま見つけた古本。
おや、これはと思い、パラっとめくると、「まえがき」に
>週刊文春のコラムが本になるのもおそらくこれが最後だろう。
って書いてあって、目次んとこ見ると、
>本書は「週刊文春」2007年5月17日~2012年11月1日号に掲載された「先ちゃんの浮いたり沈んだり」の中から70編を抜粋して再編集したものです。
とある。
一瞬、んー、これ持ってたっけ、って自分でわかんなくなってしまい(恐ろしいことに最近こういうことがよくある)、迷ったけど、読んだことないはずだ、って決めて買った。
ウチ帰って、本棚探したら、『今宵、あの頃のバーで』が2011年の出版なんで、その後ってことになる。
ただ『今宵~』のほうも2007年~2011年の同連載コラムの抜粋なんで、純粋に時系列的な続編というわけではないみたい。
ちなみに『今宵~』のなかに、「摩訶不思議な棋士の脳」ってタイトルつけられた一節がある。
それは、対局中にトイレに行ったときに、第三者から「今日の相手は誰」と訊かれて、度忘れして対戦相手が誰だかわからなくなってしまう現象があることを、複数の棋士が証言しているというもの、摩訶不思議。
それにしても、
>心機一転で迎えた一月も二連敗して、暗い気分がつづいている。こうなるといけない。私はこの連載のタイトルではないが、気分に浮き沈みがあるほうで、今は深く沈んでいる。(p.29)
とか、
>順位戦を負けて、うちひしがれてこの原稿を書いている。勝ちたい勝負に負けるというのは辛いものである。どうも最近、心の底から沸々と湧いてくるような自然な気合というものが入りにくい。(p.56)
とかってのを読むと、のちの「うつ病」に結びつく予兆のようなものを、今から思えばって感じてしまう。
まあ例によって、話題は多岐に及ぶんだけど、後輩に対して、
>私は後輩の諸君にいいたい。
>おまいら、もっと外に出ろよ。外の人と飲み、喋り、多様な世界観を持て。(p.52)
とか、
>古くは升田幸三、大山康晴、今では私の師匠米長邦雄、羽生、みんなマスコミに積極的に出て将棋をアピールした。マスコミに出るということはにぎやかすということである。にぎやかしこそ、将棋界の生命線なのだ。
>だから将棋の棋士は、囲碁の棋士以上に世に出る必要があると考えている。後輩諸君も頑張れ。(p.219)
とかって、まじめに言ってるとこが今回は特に印象に残った。
後者のほうは、明治このかた財界のパトロンは囲碁に多くついたけど、将棋は庶民に人気があるんだって話とつながってんだが。
前者のほうは、将棋界が狭すぎるって話からきている、プレイヤーと報道する側に、ある程度の距離があったほうが健全なのにズブズブではないかと。
しかも将棋界では新聞社がスポンサーであるって状況が長かったから、金を出すのと報道するのが同じ側っていうややこしい世界だという。
だから先ちゃんのいう外に出ろってのは、たぶん将棋マスコミぢゃないところに出ないと達成したうちには入らないってことぢゃないかと。
いまはネットにいろいろ出演する機会が増えてるみたいだけど、棋士同士で会話してるのを将棋ファンに向けて発信してんのは、外に出てるとはいえないんだろうねえ、きっと。
それはそうと、ネットに関係して、興味深い話としては、
>ネット社会が発達してからさっぱり見られなくなった将棋業界の光景に、直近の成績を訊くというものがある。昔は、こないだの対局、どうでした? とおそるおそる訊く姿がよくあったものだった。(略)
>あれは訊くほうも勇気がいったなあ。この世界、対局の結果にはおそろしく気を遣うのである。自分が先輩の時ならまだしも、後輩の身で先輩に訊く時には、声が裏返りもしたものだった。(p.20)
ってのがあるんだけど。
つづきに、
>昔、先輩に深刻な対局の結果を軽い感じで訊いたら「よく訊いてくれた、飯を食いに行こう」といわれ、鰻を御馳走になれたことがあった。
というのがあって、要は誰かに訊いてほしかったところへはまったわけだが、情報の流れがちっとやそっと遅くたって、古き良き時代であったとわかる、「あのコワイ感じ、短いやり取りの緊張感は懐かしく思う」とも言ってるし。
どうでもいいけど、いつも先崎九段のエッセイでは、郷田真隆九段がかっこいいこと言うとこがあったりするんでひそかに注目してるんだけど、本書では2012年3月の棋王戦で郷田九段が勝ってタイトル獲得した晩に二人で朝まで飲んだときに、
>長い酒の席で、何度か郷田は泣いていた。四十でタイトルを奪るのは、二十代で奪るのとは違う感慨があったのだろう。(p.37)
って書いてあるのが印象に残った、そんなことあったのね。
大きな章立ては以下のとおり。
第1章 対局室の静寂を乱すのは? ~プロ棋士の将棋~
第2章 風邪と素数と詰将棋 ~プロ棋士の日常~
第3章 島朗九段との伝統の一戦 ~先崎九段の将棋・イベント~
第4章 詰碁とダイエットの相似性 ~先崎学の日常~
第5章 新鋭に将棋界の歴史を語る夜 ~これからの将棋~