百目鬼恭三郎 一九七八年 朝日新聞社
表紙のタイトルは「竒談」の文字を使ってるが、本文中や奥付には「奇談」という活字になってるんで、「奇談」でいいんでしょう。
著者の名前は丸谷才一の随筆でよく見かけて、『現代の作家一〇一人』なんて読んでみたことはあるけど、これは全然知らなくて、五月に地元で見つけて勢いで買ってみた古本。
まえがき代わりにある「この本の宣伝のための架空講演」の冒頭で、
>これは、昭和五十年八月から五十一年八月まで、朝日新聞の文化欄に連載したものを全面的に書き改めたのでして、簡単にいうと、過去日本において記録された奇談の中から、現代の読者に面白いと思われる話を拾い集めて紹介しようという本なのであります。(p.2)
といってるんで、まあ中身はそういうことになります。
『今昔物語集』とか『古事談』とか、江戸時代になっては『耳袋』とか、そういうのにのってる怪異譚集、私はその類はけっこう好きですね、前から。
奇談をおもしろがって集めるということと、説明できない不思議を信じるかってことは別であって、
>龍は空想の動物であることがはっきりしているし、殊に日本では、中国から入ってきた存在である。だから、その実在を信じるというのは、ちょうどフランケンシュタインの怪人が野尻湖に現れたといううわさを信じるようなもので、龍そのものより、それを信じるということのほうが奇怪な現象のはずだ。にもかかわらず、説話の世界では、この外来の空想の動物が日本の到るところに出現しているのである。この不思議の構造が解明されれば、龍のみならず、一般に奇談に対する人間の意識構造がわかるようになるにちがいない。(p.268)
とかって冷静に言ってる態度が著者の基本スタンスではなかろうかという気がする。
漢の武帝が不死をもとめていろんなあやしい人物の術に興味をもったということなんかにも、
>古代中国でもっとも偉大な皇帝の一人である武帝が、このようにだまされやすく、方士らのいうなりになっては落胆を繰り返すすまは、滑稽というよりはむしろ壮観ですらある。(p.124)
という調子で冷ややかだが、もしかして史記の作者の司馬遷は武帝に罰せられたから、その恨みでバカにしてんぢゃないのっていう考察もあったりする。
なお、自身のことについては、中国の器物の怪の話で、古い箒が人の姿に変われるまでになったのに、怪異を起こしたばかりに退治されてしまった話に、原典で「何かを会得すると隠しておけない連中があるが、この箒のたぐいと言えよう」と書かれているのをあげたのに続き、
>他人の著作物の中から怪奇譚を拾ってきては並べて本にしようとしている私なども、さしずめこの箒の口なのであろう。(p.217)
なんて卑下してたりするとこがおもしろい。
伝わる話の出来不出来について、あまりにつくりが凝っていて理屈をあわせるようにしていると、「話の作り手のさかしらがみえていて苦笑させられるが」(p.197)みたいに評価しない。
名人が技くらべをした話なんかも、つまらないとバッサリいうが、ぢゃあ、どういうのが著者は好きなのかというと、
>『古事談』に、岩清水八幡の神宮寺の所司で、笛の名人だった永秀という法師の話が出て来るが、この永秀は朝から晩まで笛を吹いているので、近所隣が閉口してみな引っ越して、無人地帯になってしまう。そこで、人里を避けて男山の南面に引っ越したところ、近辺は草も生えなくなった。これも笛の音のせいだろうといわれた、などという話は、私は好きだ。(p.82)
なんて言っている、まあ怪物も出現しないし、仏教的な因果応報の仕掛もないな。
さらに、つづけて、
>鳥羽院の笛の市販だった大神元正(基政)が、ある月夜に、山井の自宅にいると、不思議な曲を吹いている笛が聞こえてきた。そこで坂を走りのぼり、藪に隠れてうかがうと、笛を吹いているのは僧である。声をかけると永真という寺主で、万歳楽を逆様に吹いている、と答えた。逆様に吹け、という人もいるかもしれないから、練習しておくのだ、といったという話である。この話はどこかとぼけていて、私は大好きだ。(p.82-83)
とかいう意見も表明しているが、なんとも微妙な線という感じがする。
読んでておもしろいのは、本題の奇談のスジとかぢゃなくて、平安時代あたりの帝とか貴族には奇行で知られるひとがいたみたいなことがちょろっと書いてあったりして、みんなが雅だったわけぢゃなく、ヘンなひともいたし、何かと失敗することもあったのね、ってこと教えてくれるとこである。
いろいろあるんだけど、たとえば歌の道についても、いい歌の話ぢゃなくて、
>たとえば、住吉神社の神主だった津守国基は、撰者に小鰺の樽を贈って『後拾遺和歌集』に自分の歌を多く入れてもらい、そのためこの勅撰集には『小鰺集』という仇名がついた、などという話(『井蛙抄』)がそれである。
>『後拾遺和歌集』の撰者は藤原通俊だが、これはおそろしく評判の悪かった勅撰集で、これが出ると源経信が『難後拾遺』という論難書を書いたほどである。ひとつには、妹が白河天皇の典侍だった関係で、通俊も天皇の親愛が熱く、経信や大江匡房などの先輩をさしおいて撰者に任ぜられた、というやっかみもあったらしい。また、その後の歌壇は、経信の子の俊頼の系統が主流になるので、彼らが実質以上に『後拾遺和歌集』を誹謗した、ということも考えられる。
>『袋草紙』によると、この「小鰺集」という仇名は、秦兼方が自分の歌を入れてもらえなかった腹いせにつけたのだという。そうなると、どっちもどっちという感じで、なおさら話は俗っぽくなって来る。(p.24-25)
なんてゴシップだらけのエピソードにふれると、勅撰和歌集とかいってもウラにはドロドロしたものあったのねって感じで、いやー、そんなもんか、人間なんて昔もいまも変わんないんぢゃないの、って気になる。
コンテンツは以下のとおり。
この本の宣伝のための架空講演
人異篇 第一
1 奇行
長柄の橋井出の蛙 増賀上人の入滅 強盗に返した小袖 鋳物師と枕草子
2 執着
小鰺集という仇名 ますほの薄の事 鬼と戯れる染殿の后 愛玩の鶉を焼く侍 隠した銭を守る蛇 極悪者源大夫の往生 経をよむ髑髏の舌
3 宿恨
悪霊の左大臣 朝成生霊となる 広相の死霊犬となる 行基悪霊を見破る
4 遊魂
水中に見える妻 海底からの遠隔感応 カントも認めた事実 青い火の玉の遊魂
5 予知
脈搏で津波を知る 眠ったまま相手を倒す 予知能力のなかった行基 豆をはさむ慈恵僧正 入滅を予告した僧
6 占験
障子越しの観相 伴善男の大きな夢 餓死した観相家 待ち伏せていた法師 命あっての僧位 勘文を信じない白河院
7 術の一
涙で病を治す験者 父を蘇生させた浄蔵 浄蔵の将門調伏
8 術の二
地神に追われた陰陽師 呪い殺された算博士 式神を隠した安倍晴明 晴明道摩の術を見破る 式神に殺された陰陽師
9 術の三
道範外法の術を習う 陽成天皇外法を習う 口を利く外法使いの人形 馬の沓に変わった饅頭
10 名人
眠りながら打つ鼓 百割る二を算盤で弾く 菓子を弁別する老中 老姥、鼓の上達を知る 碁の名人に勝つ怪しい女 曲を逆様に吹く笛の名人
11 武勇
名人の矢を外す従者 目をつぶった加藤清正 隣家の刃傷を察知した居候 死人を警戒する武者 強盗を切り捨てる飛脚 源頼信人質を救う
12 大力の一
馬を差し上げた中小姓 大石を投げる道場法師 硬くて歯の立たない握り飯 成村と常世の対決
13 大力の二
宗平に挑んで敗れた時弘 負けて出家した相撲 相撲を押しつぶした重忠 公達、相撲の首をくじく 踵を千切った大学生 二階の戸をたたく大男
14 長寿の一
八十九歳で子を設ける 百五十五歳の志賀随応 薩摩から届けられた箱 武内宿禰と浦島子伝説 死んだ白箸翁を見かける
15 長寿の二
ケチで長生きした荻野喜内 枸杞で長寿の竹田千継 灸で長生きをした満平
神怪篇 第二
1 不死
入京した八百比丘尼 霊水を飲んだ越前の大男 生き残った常陸坊海尊 地仙丹と地骨酒
2 神仙
殺されても死なぬ仙人 石羊になった修羊公 城市を移動させる太玄女 左慈、曹操を翻弄する
3 詐術
始皇帝を欺いた方士 『史記』、武帝を皮肉る 寒食散を飲みすぎた道武帝 錬金術に失敗した劉向
4 仙道
白石を煮て食った鮑靚 空を飛んだ陽勝仙人 子供の竿に追われた仙人
5 法力
材木を飛ばした久米仙人 尸解仙となった都良香 雷神を縛った泰澄
6 飛鉢
空を飛ぶ米俵の列 寂照が飛ばした鉢 空中で鉢を襲う鉢
7 死後
死後の霊を疑った孔子 天に帰る魂、地に帰る魄 城隍神も手を焼く鬼
8 冥府
中国で格の下がった閻魔 現世の官庁を模した泰山府 賄賂をつりあげる冥吏 清廉で飢えている神
9 地獄の一
供応を催促する冥吏 死者と口論する冥吏 小野篁、藤原良相を救う 藤原高藤、篁をおそれる 藤原重隆、死後冥官となる
10 地獄の二
無間地獄に落ちた源義家 現世に出張して来る地獄 母を殺そうとした防人
11 証言
三途河を渡った広国 地蔵に助けられた盛高 牛頭の非人に捕らえられた金持ち 四十日目に蘇生した行者
12 実見
ギリシャの冥府タルタロス 冥府に交渉に赴く県令 富士の人穴を探る新田四郎
13 地蔵
馬上から拝まれた地蔵 地蔵と閻魔は同一の仏 戦場で矢を拾う地蔵
14 転生
牛に生まれ変わった恵勝法師 鯰に生まれ変わった父を食う別当 二度も馬に生まれ変わった乳母 転生による報復は繰り返す
15 前生
牛から生まれ変わった僧 犬の吠えるのに似た読経 どうしても覚えられない経文
16 再生
伴大納言の生まれ変わり 官僚政治家の理想像 花山院の前生は大峰山行者 藤蔵再生して勝五郎となる
17 記憶
自家に生まれ変わった非熊 縛られた熱田大宮司 握りしめた掌の文字
18 鬼の一
こわくない中国の鬼 無鬼論に負けて怒った鬼 人を食う仏教の鬼
19 鬼の二
庁舎で鬼に食われた役人 節穴から鬼に引き出される 追って来る繩状の鬼 鬼となった猟師の老母
異類篇 第三
1 霊威
なぐりかかる門額の字 通行人を踏みつける逆髪の童子 清正の鉄砲悪口に怒る
2 器物
杓子と話をする枕 鞠の精と問答した成通 窓から顔をのぞかせる法師 名刀にうなされる足軽
3 木精
人夫を蹴殺す木の精 木から飛び出す妖怪 主人に説諭される松の木 夜ごと現れる石の馬
4 野猪
普賢に化けた野猪 野猪とむささびは光る 生贄を膾にしようとする猿神 猿神をとらえた旅の僧
5 蟇
鼬の精を吸いとる蟇 人を転ばす陽明門の蟇 細川勝元の本性は蟇か 蛙合戦と政情不安
6 川怪
人を水に引きこむ怪 鉄砲で打たれた河童の図 夜ごとに現れる亀の怪
7 虫怪
報復にやって来た蜂の大群 寸白が生まれ変わった国守 鏡のように光る谷間の蜘蛛
8 猫怪
主人の枕頭で踊る猫 「南無三宝」と声を出した猫 尾を切られた老母 妖鼠と戦う忠義な猫
9 狐怪の一
狐の法事によばれた僧 馬に乗せてもらいたがる若い女 狐に化けた詐欺師
10 狐怪の二
狐と暮らす賀陽良藤 門限を守る尾張藩の狐 人に憑いて食事をする狐 足軽狐との約束を破る
11 狐怪の三
先住権を主張する狐 石を投げこむ騒霊 歌をまちがって書く狐
12 龍譚
最初はなじまなかった龍 昇龍の多くは龍巻か 山崩れから現れた龍頭 硯の中にひそむ龍