many books 参考文献

好きな本とかについて、ちょこちょこっと書く場所です。蔵書整理の見通しないまま、特にきっかけもなく08年12月ブログ開始。

にぎやかな街で

2022-07-28 19:16:41 | 丸谷才一

丸谷才一 1983年 文春文庫版
困ったことに、この古本の文庫を買い求めたのは、二年前の夏のことだった、ずっと放っておいて最近読んだ。
1966年から67年に発表された古い小説で、丸谷さんの書いたものは、むかしの小説よりも最近に近い随筆なんかのほうが、私にとってはおもしろいので、ついついあとまわしにしてしまっていたんである。
中短篇三作が収録されていて、どれも戦争の終わりの時期を舞台にしている、軍隊が大っキライの丸谷さんの、なんか思うところあったんだろう(吐き出したいもの?)という気がしてくる。
「にぎやかな街で」は、広島のすぐ近くの街が舞台、原爆が投下されて罹災者はひどいことになってる描写はあるんだけど、主人公たちは被害にあわなかった距離。
主人公は、本人の表現にいわく属国人で、焼肉屋を営んでいる、頼まれれば牛とか密殺して肉にするって仕事もする。
そういう人物の視点から日本の敗戦とその後をみるっていう設定が、ちょっとひねってあるところだ、敗戦後すぐの時期は村の住民は集まって酒飲んでバクチ打ったりばかりしてるのが主人公の目に映る。
それで主人公の友人のちょっと年下の日本人が、爆弾の落ちる前の晩に、家の中で口論の末、妻を突き飛ばして殺してしまったという。
翌朝の爆撃で何も残らなくなってしまったから、ホントなのか気絶してただけなのかは今となってはわからない、ただ男はなにかにつけその話を口に出す。
ときどき、章番号を改めるとか空白行を挟むとかしないで、主人公たちのいる時代が変わるんで、油断できない書き方だけど、時間どおりに進むとは限らないのが二十世紀小説の手法だとは丸谷さんの書いたもので教わったことだ。
つぎの「贈り物」は短い短篇、八月十五日には岩手県に近い村にいた独立歩兵砲大隊の小隊長だった男が語る体裁の話。
その村に駐留しつづけて、九月の上旬にアメリカ軍に武器弾薬を引き渡す段になって、歩兵砲のカバーがなくなって部隊が大騒ぎになる。
兵のひとりが、カバーにつかってある豚革を財布に加工して、贈り物にしようとしてたと判明、ばかばかしいよねって話。
三つ目の「秘密」は、鶴岡の士族の家の若者が、昭和二十年の八月六日に山形の連隊に徴兵される話。
鶴岡出身の丸谷さんだから、自身がモデルかと思わされるんだけど、小説の主人公は満洲生まれの満洲育ちって設定にされてて、あんまり鶴岡に愛着ない、祖母の言葉とか聞き取れないとかって、やっぱちょっと視点がひねってあるんである。
それで、山形の町まで同じ運命の若者たちといっしょにぞろぞろ行くんだけど、連隊の営門の前まで行って、発作的に入るのやめて逃げちゃう。
徴兵忌避者といえば、丸谷さんの『笹まくら』の主人公でおなじみなので、そうか、そのへんにつながるのかあ、と思って読む。
途中でたまたま出会ったひとについていき、出羽三山に行ったりするんだが、この予科生は、憲兵の追手につかまるかもなんていうことよりも、自分の徴兵忌避の理由づけが明確にできないことが、知識人の行動として恥ずかしい、とか変なところで悩んでたりする。うーむ。
ということで評論家的には、国家と個人の関係を追求するのが丸谷さんのテーマだろってことになるんだろうが、私としてはそういうのを登場人物に大げさな演説ぶたせたり、悶々とした独白させたりなんかぢゃなく、見ようによってはおかしみすらある日常を描くなかでやってくれるのがいい小説ってもんだと思う。
で、「にぎやかな街で」のなかで、妻を殺したって告白をする友人に対して、主人公が「一体なぜそんなに、罰を受けたがってるんだ?」って言うところがあるんだけど。
そこんとこで、
>「神様とか何かからじゃなしに、国から罰を受けて、それで救われたいという気持なんだろうって気がする。しかし、国家なんてものに、そいういう力があるかな?(略)(p.110)
なんて言うと、友人のほうは、国家ってわけぢゃなくて、世の中というか社会みたいなものかな、なんて言いだして、
>(略)しばらく黙っていたが、急にいきいきした口調で、
>「社会から罰を受ければ社会へ帰れる、なんて気がするんですよ。今はなんだか、世の中にはいっていないような気持なんだ。(略)(p.111)
と答えるんだが。
これ読んでて、現代でも、「死刑になりたくて」とか言って変なことしでかす輩はいるんだけど、あれって世の中に自分が入ってないから国家にかまってほしい、みたいな意味なのかなって、妙に状況がみえたような気がした。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする