12期生の大川鉄太郎です。
皆さんはいろいろな情報システムに日頃接していると思います。会社勤務の方は勤務時間管理システム、出張費精算システム、
人事管理システム、などはどなたでも接点があるでしょうし、独立診断士の方はなんと言っても会計システムですね。
また立場にかかわらず、メール、ネットバンク、ネットワークドライブ、Googleに代表委される検索システム、
などに接しておられると思います。さらにオフィスソフトも含めて日常的なアプリケーションの操作画面を含めると、
多くの方が操作画面のいくつかで立ち往生したり、結果として誤解したり、使いにくいが頻繁に使うので無理やり
覚えてしまったり、場合によってはギブアップした経験がおありではないかと思います。中小企業の社長が
なけなしの数億円の予算をはたいて導入したERPがただの伝票発行機としてしか使われていない事例などが
リポートされたりします。
これらはソフトウェア工学の世界ではユーザエクスペリエンス(以下「UX」と略記)としてこの約20年位括られています。
もともとはユーザインタフェースとかユーザビリティという言葉で語られていたのですが、どうもそれではうまく言い表せない。
もっと包括的な概念で語る必要があるとなって、情報システムを活用するに当たり、使い勝手や使いやすさだけでなく、
ユーザのニーズにぴったり合致している、楽しい/うれしいという経験ができるようにデザインされている、その結果として
業務系であれば生産性が向上する、通販などであれば購買リピート率が向上する、顧客/社員の満足度が向上する、
という包括的な度合いを表すものとして提唱されました。ちなみに誰が最初に言い出したかになると、考え方を提唱した、
言葉を提唱した、などで意見が分かれます。しかしポイントは、使いやすい、というだけでなく、生産性があがる、
購買リピート率が上がる、社員や顧客の満足度が上がる、という部分まで包含して評価する点です。これらが実現できてこそ
価値のある、価値を提供できる、情報システムである、という考えです。
この考えはこの20年、日本のIT業界では「話題」として語られてきました。「話題」としてという意味は、あくまで話題にとどまり、
一部を除き本格的な取り組みがなされなかったということです。またエンジニアリングの人間からはそのような考えを
素人考えとして一段低く見るような雰囲気もあったことは否めません。そのような中で、11月8日に「ビジネスUXカンファレンス
2012」というのに行ってきました。そこでいささか驚いたのは、日本のITベンダーがどこも手がけていなかったUXの
パッケージ化を韓国のベンダーがかなりの完成度で実現していること、韓国内の銀行や鉄鋼メーカーなどで導入されて
生産性向上の事例が紹介されたことです。これはインパクトがありました。なぜかといえば、この20年間は日本のIT業界は
建前や表面は別にすれば実態として、生産性向上、開発失敗の低減、コストオーバ防止、というあまり前向きではない面に主力を
集中させてきたからです。言い訳じみますが、なぜそうなったかというと、発注者つまり顧客要求が納入価格低減を重視した、
あるいはそう見えたからです。そのため価格競争が激化し、その結果ぎりぎりの価格で受注するため、「開発失敗」も目立ち
経営を圧迫するようになりました。表面化した有名な例としては特許庁の新特許システムを受注した某社が設計に失敗して
税金55億円を失った例が報道されましたが(http://www.asahi.com/business/update/0124/TKY201201240616.html)、
民間では100億円を超える失敗事例もいくつか知られていますし、表面化していない部分では役所がらみで100億円を
超える失敗が出ています。ゆえにこのような失敗を防ぐことが各社で重視されてきたわけです。逆に言えば前向きの努力、
新しい価値を創造する努力、に大きなパワーを割くことができずにこの20年間を過ごしてきたと思います。
これはIT業界だけの話ではありません。何より発注者側が、目先のコスト削減にとらわれて納入価格にこだわり、
そのシステムがコスト削減をどれだけ実現できるか、生産性がどれだけあがるか、どのような価値を実現できるのか、
顧客/社員満足度がどれだけ上がるか、にあまり主眼がいっていなかったことが懸念されます。このUXは情報システムに
限らず自動車や航空機などでは人命にも関わるためにさらに重要です。みな是非前向きに進んで行きたいと思います。