今回、上京して初日の宿泊先に選んだのは、神楽坂にある「旅館 和可菜」。創業は昭和29年(1954)。以前に、この旅館について書かれた本を読んだことがあって、客室数わずか5室のここに、いつかは泊まってみたいと思っていた。旅館についての情報は少なかったが、思い切って電話してみる。訪問日時を告げると、名前と電話番号を訊かれ、予約完了。あまりのあっけなさにちょっと心配になるほど。
久しぶりに飯田橋駅で降りる。この神楽坂界隈を歩いたのは学生の時以来だから、もう20年以上前。若い頃はこういう街に大した興味は無く、今ほど若い人向けの店舗、飲食店は無かったこともあって、素通りして早稲田方面に抜けた事があるくらいだったと思う。坂を上って行く道すがらにも細い脇道がいくつも見え、石畳の風景が目に入る。人が1人やっと通れる位の本当に細い路地なのでワクワク。土地勘がないので、そういう路地を何度もウロウロしながらゆっくり街を散策した。洒落た店が増えている事もあってか、若い人も多く、カメラを持って歩く人や、テレビ取材だろうクルーなんかも目に入る。近辺を何度もグルグルと廻り、だいたいの方向感覚が身についてきたところで宿へ。
一段と雰囲気のある石畳の通りの先に黒塀の趣ある旅館入口があった。なるほど絵になる素晴しい佇まい。しっとりと落ち着いていて、石畳が雨に濡れたら更にいいだろうなと感じる(実際に夜、小雨が降ってとてもいい雰囲気になった)。それでも周りは更地にされたばかりの土地や、新しい建物がいくつも出来ているので、この雰囲気をずっと維持するのはなかなか難しそう。それこそバブル期より前はもっと特別な雰囲気だっただろうなァ。
予約の名前を告げると、すぐに部屋に案内された。特に台帳記入も何もない。古い建物ではあるが、しっかりと手入れされていて、いわゆる「コンセプト」でゴリゴリに固まった意匠とは違う、自然な風情がいい。部屋は玄関から上がってすぐの部屋(「桐」の間だったかな)。掘りごたつがあり、すでに布団が敷いてある。庭も眺める事が出来て、東京で泊まっている事を忘れてしまうほど、とても落ち着く空間だった。もちろん風呂、洗面、トイレは共同。金物の洗面台や、建具の真鍮製ねじ締りなど、自分達の世代でギリギリ知っている位の古いものがまだ現役。お茶をいただいていると、部屋からは玄関外の気配がよく分かり、雰囲気あるこの宿の前で写真を撮る女性達の嬌声が微かに聞こえてくる。
風呂で軽く汗を流して脱衣所から出た時に、ご高齢の主人(紹介はこちら)にもお会いする事が出来て、ひと言だけ挨拶。
こちらで食事をしたのは翌朝の朝食。旅館に入った時に、朝8時からならいつでもと時間を訊かれたので、8時にお願いしておいた。もちろん部屋に運んでもらえる。お櫃に入ったご飯、味噌汁、鮭の切り身、肉じゃが、香の物といった内容。鮭の切り身がとても大きく、肉厚で、旨い。料理は家庭的な味付けで、全体に量も多く、ご飯が食べ切れなかった(「うちのご飯は量が多いんですよ」とのこと)。外の石畳の上を歩く人達の靴音を聞きながら、朝から旨い飯をしみじみと味わった。旅先でこんな朝を迎えると気分がいい。「ホン書き」でこの宿にカンヅメになった映画監督、脚本家や作家たちはどんな気分で朝を迎えたのだろうか(悶え苦しんでいたかも・笑)。(勘定は朝食付き1泊¥12,000)
※営業を終了され、2015年末からは宿泊客を受け入れていないとのこと。とても残念です。
旅館 和可菜
東京都新宿区神楽坂4-7
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