岩清水日記

「あしひきの岩間をつたふ苔水のかすかにわれはすみわたるかも」良寛

中嶌哲演和尚に導かれ、「大飯原発3,4号機運転差止請求判決を読む。

2014-05-30 11:35:14 | 原子力発電
判決文要旨です。

判決文の主文です。

1  被告は、別紙原告目録1記載の各原告(大飯原発から250キロメートル圏内に居住する166名)に対する関係で、福井県大飯郡おおい町大島1字吉見1-1において、大飯発電所3号機及び4号機の原子炉を運転してはならない。

原告は189名ですが、250キロメートル圏内に居住する方は、166名です。原子炉運転の再稼働だけでなく、「運転」そのものを禁じています。

この250キロメートルという数字の根拠は、2.福島原発事故についての中に以下のように書かれています。

原子力委員会委員長が福島第一原発から250キロメートル圏内に居住する住民に避難を勧告する可能性を検討したのであって、チェルノブイリ事故の場合の住民の避難区域も同様の規模に及んでいる。

すなわち、原発事故が発生してしまえば、このような最悪の事態を想定せざるをえないということです。

15万人もの住民が避難生活を余儀なくされ、この避難の過程で少なくとも入院患者等60名がその命を失っている。家族の離散という状況や劣悪な避難生活の中でこの人数を遥かに超える人が命を縮めたことは想像に難くない。

和尚は、関連死された方の数は2000名近いと話された。原発事故で一人も死んでいないという詭弁は通用しないと。
いったん原発事故は起こってしまえば、このような惨事が引き起こされる事実が目の前に起こったのです。このことはどのように考えても軽視することはとてもできないと思います。

3.本件原発に求められるべき安全性
以下の文章に注目してください。

原子力発電所の稼動は法的には電気を生み出すための一手段たる経済活動の自由(憲法22条1項)に属するものであって、憲法上は人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきものである。しかるところ、大きな自然災害や戦争以外で、この根源的な権利が極めて広汎に奪われるという事態を招く可能性があるのは原子力発電所の事故のほかは想定し難い。かような危険を抽象的にでもはらむ経済活動は、その存在自体が憲法上容認できないというのが極論にすぎるとしても、少なくともかような事態を招く具体的危険性が万が一でもあれば、その差止めが認められるのは当然である

和尚は、この部分を高く評価して、裁判所は、憲法の基本理念である「人格権」と、「経済活動である原発」を同列に論じることを明確に否定された、と話された。

また、裁判所の使命感がよく理解できる文章がこの後に書かれている。

原子力発電技術の危険性の本質及びそのもたらす被害の大きさは、福島原発事故を通じて十分に明らかになったといえる。本件訴訟においては、本件原発において、かような事態を招く具体的危険性が万が一でもあるのかが判断の対象とされるべきであり、福島原発事故の後において、この判断を避けることは裁判所に課された最も重要な責務を放棄するに等しいものと考えられる。

福島原発事故以後という現実に正面から向き合った判決だということです。

休憩です。



最新の画像もっと見る