岩清水日記

「あしひきの岩間をつたふ苔水のかすかにわれはすみわたるかも」良寛

隔離の記憶 「待ってろ大陸散るもよし」

2011-02-11 20:41:03 | ハンセン病


朝日新聞記事2011年2月11日掲載

「日本 人・脈・記 隔離の記憶11」より 文:高木智子記者

このブログでは、ハンセン病関連の記事はできるだけ保存しておきたいと考えています。

今回の記事は、鹿児島県星塚敬愛園に暮らす小牧義美さん(80歳)についてです。

小牧さんは、中国に住む日本人青年 原田燎太郎さん(33)との交流を今も続けている。

2003年。小牧さんは中国桂林を旅行した。その時にハンセン病患者と出会う。
一人じゃ無理と思っている時に、原田さんと会った。

原田さんは、中国の村で道やトイレを作っていた。
道やトイレは作れても、傷の手当てはできない。
「じゃあ、おれがやる、と思ったよ。邪魔で何も役にも立たないとされていたけれど、
おれにもできることがあるんだよ」

施設を出て、中国に旅だった。片道切符のつもりだった。
広州の原田さんのマンションに居候をして、列車やバスで人里離れた村を回って傷の手当てをした。
10ヶ月後、小牧さんは足首を捻挫する。
足の感覚がまひしていることもあり、病状が悪化、帰国を余儀なくされる。
日本で右足の膝から下を切断した。

「この足では、おれを待つ山奥の村には行けないよ。帰国したのは後悔している。
でも一度でも打ちこめるものが持ててよかったよ」

ブログも紹介します。

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