蔵くら日記

人生最後の数年を田舎暮らしで。2004年4月、実現のための行動開始!それは思わぬ展開でスタート・・。今では安曇野三昧

やるねぇ~ジムニー

2014年03月28日 | 暮らしの積み木
今冬の大雪に災難続出はもう忘れかけているが、
今日タイヤ交換のためにSUZUKI穂高に行き、面白い情報ゲット

『2月14日、15日記録的大雪、
国道は押し固められた雪とシャーベット状の雪、
夜の冷え込みでこぶは凍りつき最悪な路面状況、
交差点内でスタックした大型をジムニーが救出に向かった。
無理だと思った最後のトライで奇跡が起きる。
脱出後も更なるスタックを回避する為、駐車場まで全力で駆け抜ける。』

この記事がYou Tubeで紹介されている
やるねぇジムニー
「ジムニー牽引」で検索可。

思わず笑った!
ありんこが疲れ切ったぞうさんを牽引の図。なんとかしようとトライするドライバーさんに拍手。

ジムニーファンとしては嬉しいよ。
ますます好きになった。

あの大雪以降ジムニーが、ばか売れしたそうな。


ついでに駐車場にあった「ハスラー/茶色」の座席で、ミーハーしてきました。

先日スーパーマーケットの駐車場で見かけたこの車がハスラー。
初めて見て「おぉ~」と感激したのがSUZUKIだったってわけ。


軽なのに座席まわりが広くゆったりしている。
ルーフが白のツートンカラーだが、単色でも注文できるそうだ。私なら断然単色だね。

ハスラーという名は、むかし若者たちがあこがれたSUZUKIのオートバイの名前と同じだそうです。

買えもしないのに遊んじゃった。

今注文しても納車は夏らしいよ。
余計なことだが、この場合の消費税はどっちかな?

余談
アメリカ映画に「ハスラー」があったっけ。
ビリヤードで賞金稼ぎをするサギ師まがいのギャンブラーの話だったような。
たしかポール・ニューマン。今どうしているかしらね。




コメント (2)
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県境にある神社

2014年03月28日 | トレッキング
21日、久しぶりに歩きに行ったのは軽井沢の奥、標高1200メートルにある熊野皇大神社。
旧碓氷峠の見晴台も近くです。

ハイキングのつもりが、なんのなんのどっさりの雪原で、雪を踏むと予期せぬ30~40センチほどの深みに足をとられました。

見晴台への入口はアイスバーンになっており、私はお約束の転倒。右の腰骨が軽い打撲痛で・・・・。
情けない!


長野県と群馬県の境にあり、参道も本宮社殿も境界線上にあり、登って左が長野県の熊野皇大神社、右が群馬県の熊野神社という珍しい神社。


あらら、慈悲深いというか・・・・


本宮も左が熊野皇大神社(長野)、右が熊野神社(群馬)


長野側には御神木の”しなの木”の大木があり、樹齢800年だそうです。
葉がハート型で7月には白い可憐な花が咲くらしいので、この頃に行くのもいいかも。


群馬側の660年前建立の多重塔は、ここ碓氷峠での「武蔵野の戦い」の死者を弔い二世安楽を願った塔だと案内板にありました。


二世安楽とは、仏の慈悲でこの世とあの世の両方の幸せを願うという意味ですって。
欲張りだけど是非願いたいものです。

ひとつの神社にふたつの宗教法人、二人の宮司様がおいでというユニークな神社でした。
歴史もかなり古く、もっと見るべきものがあったでしょうに、雪が深くてゆっくり見学できなかった。
見晴台には、4キロの散策道と看板があったので、別の機会にもう一度訪れてみたいです。

見晴台にも県境標識


詩聖タゴールの胸像。


傍らの標識から抜粋
 『アジアで初めてノーベル文学賞を受賞したインドの詩人。
軽井沢との縁は日本女子大学成瀬仁蔵学長の招きで、1912年軽井沢の三井邸に滞在し、毎朝女子大生たちに詩を聞かせ、お祈りの講話をした。
 その後2度来日したが、最後の講演で
「自己中心の文明は隣の国民を焼きつくす武器を発明するようになる。くれぐれも『人類は戦わず』を守るべきだ」とのべ、原爆を予言するような言葉も残した。

1942年8月7日、広島・長崎の原爆投下やインドの独立を知ることなく、80歳の生涯をとじた。』


ギザギザ連峰は「上毛三山」と呼ばれ、群馬県の赤城山、榛名山、妙義山。
魅力的なな雲形が青空に映え、美しい景色でした。





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