尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「空白」、「不運」と「宿命」の連鎖

2021年10月04日 22時32分39秒 | 映画 (新作日本映画)
 吉田恵輔監督・脚本の「空白」という映画を見た。予告編を見て、この映画は見たくないなあと思ったけれど、評判の出来だから見ておかないと。見たくないなあと思ったのは、設定の痛ましさと間の悪さに居たたまれない感じがしたからだ。ある女子中学生がスーパーで万引きをして、店長が腕を取って連行しようとする。中学生は店外へ逃げて行くから、店長は追っていく。逃げて、追って、逃げて、追って…中学生は国道を渡ろうとして、駐車車両の後ろを飛び出す。そこへ車がやって来る。中学生の父親は娘が万引きをしたとは信じない。娘が万引きするはずがない、娘にいたずらする気だったんだろう、絶対に許さないと付きまとう。

 予告編だけ見ると、どこだか判らなかった。東京近郊かと思うと、冒頭に海が出て来て、父親添田充(そえだ・みつる=古田新太)が海で漁師をしている。海辺の話だったのか。事故はテレビで大きく取り上げられ、「蒲郡中二事故」とテロップにあるから、愛知県蒲郡(がまごおり)だった。そう言えば穏やかな三河湾の向こうに竹島(相模湾の江ノ島のような島)が見えている。いつも荒々しく強権的な添田に相応しくないような風土だ。

 そこから学校へ画面が移ると、添田花音(かのん=伊東蒼)が多分入学式用の花を作っている。でもゆっくりすぎてはかどらないので、担任の今井若菜(趣里)から注意されている。一方、「スーパーアオヤギ」では店長青柳直人松坂桃李)がパートの草加部麻子寺島しのぶ)と話している。花音の両親は離別しているようで、娘は時々母親松本翔子田畑智子)に会っている。そして夕食中に父に話があると言うが、父はスマホに電話が掛かってきて忙しそうなので「今はいい」と言う。そんな日常が点描されていく。

 そして悲惨な事故が起きる。万引きを疑って追っていくのはやむを得ないと思うし、急に飛び出てくるんだから車は事故を防ぎようもない。父が娘の死を嘆くのも当然だし、娘が万引きしたとは信じたくない。もしやったとしたらクラスでイジメがあったと疑うのも当然だと思う。前日に話があると言ったのは、その相談だと思い込む。そして父はスーパーへ、学校へ乗り込んで行く。テレビはワイドショーで熱心に取り上げ、キャラが濃い父親に密着する。取材で店長の謝罪を撮るが、その後の笑ったシーンだけを流す。学校も校長は逃げ腰で担任だけが思い悩む。しかし、父は娘の何を知っていたのか。母はそのことを突きつける。

 スーパーには客がいなくなるし、店長は追い詰められる。松坂桃李は「弧狼の血 Level2」ではヤクザや県警幹部を相手に一歩も引かないというのに、ここでは荒ぶる古田新太になすすべもない。しかし、どうすればよかったのだろうか。これは「不運」としか言いようがないが、そこで人々は「宿命」を背負って歩き出すのである。父はやがて娘を少しずつ理解していくが、もはや遅すぎる。父の死でスーパーを継いだ店長も燃えつきていく。こっちは悪くないんだから闘うしかないという草加部さんの「正しさの押しつけ」では救われない。一つの悲劇から、人々の宿命が見えてくる。だけど、一体何をどうすればよかったのか。

 ここまでの荒々しさは経験しなかったが、親の対応には困ることもある。はっきり言って学校で対応できる範囲を超えているが、父親をむげにあしらうことも出来ない。こういう映画を見ると、何だかトラウマのように保護者対応の大変さが思い出されてつらくなる。花音と青柳は自ら闘う生き方を出来ないことで共通していたのかもしれない。しかし、今の日本では彼らは「加害者」と「被害者」としてしか出会えない。それも万引きにおいては花音が「加害者」で、追って行って道路に飛び出さざるを得なくさせたことにおいては青柳が「加害者」になる。50年前の水俣のように、加害者と被害者がはっきりと見えない時代を我々は生きている。

 吉田恵輔監督(1975~)は今年「BLUE/ブルー」というボクシング映画を作ったが、これは見落としている。(配信中。)「銀の匙 Silver Spoon」(2014)、「ヒメアノール」(2016)、「愛しのアイリーン」(2018)といったコミックの映画化で評価されたが、他にはオリジナル脚本が多い。「純喫茶磯辺」(2008)、「さんかく」(2010)を前に見ているが、まだまだ初期作という感じだった。原作ものも含めて、間の悪い出来事が積み重なり、主人公が暴走していくような映画が多いと思う。「空白」の古田新太はその代表と言える。

 企画・製作・エグゼクティブプロデューサーの河村光庸はスター・サンズで「愛しのアイリーン」「新聞記者」などを作ってきた。撮影の志田貴之は今まで吉田監督と組んできた人だが、手持ちカメラが少し気になった。音楽の世武裕子はいつにもまして素晴らしいと思った。今年を代表する問題作だと思うが、古田新太はほとんどホラー。面白がって見られるレベルを超えているので、無理して見ない方がいいかも。そんな中で母の田畑智子、パートの寺島しのぶが人間理解の上で重要な役どころを好演している。寺島しのぶが「こんなオバチャン」と自嘲していたが、もうそんな風に言われてもおかしくないのに時間の経過を感じてしまった。
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