尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「MINAMATA-ミナマタ-」をどう見るか

2021年10月02日 22時18分40秒 |  〃  (新作外国映画)
 映画「MINAMATA-ミナマタ-」が公開されたが、これをどう見れば良いのだろうか。1971年に来日して水俣病の患者たちを撮影した世界的写真家ユージン・スミス(1918~1978)をジョニー・デップが演じることで評判を呼んだ。日本では拡大公開され第一週のヒットランキングにも10位に滑り込んだ。ジョニー・デップ効果なんだろうが、第二週以後は時間が見にくくなっている。アメリカではジョニー・デップが離婚・DV問題でスター価値が下がって、残念ながらこの映画の公開もメドが立たないようだ。

 ユージン・スミスの写真集「水俣」は日本では1980年に刊行された。非常に評判になって僕も買って、その後授業で何度も使わせて貰った。機材も整備されてない時代のことだから、大判の写真集そのものを教室で回して見て貰った。写真の力だろう、生徒もちゃんと見ていたと思う。何回か開かれたスミスの写真展も見ている。特に生誕百年で開かれた回顧展では水俣以前の多くの写真を見ることが出来た。(ここでは書いてないようだ。)

 70年前後には東京で「」のむしろ旗を掲げて座り込んだ水俣病患者と支援者たちを見ることが多かった。土本典昭監督の有名な記録映画「水俣」「水俣一揆」「不知火海」はリアルタイムで見て大きな衝撃を受けた。水俣病裁判を支援する人も多かったし、90年代には東京で「水俣展」が開かれた。僕はそこら辺までは水俣病に関する集会などがあれば時々行っていたと思う。調べると、現在も「水俣フォーラム」は活動を続けている。

 ということで、やはり見なくては思ったのだが評価はなかなか難しい。史実そのものであることは不要だと思うが、疑問を感じるシーンも多い。海が不知火海っぽくないのだが、最後のクレジットでセルビアモンテネグロ日本でロケされたと出る。と言うことはモンテネグロの海だろうか。水俣でロケすることはいろんな意味で無理だろうし、日本の景観は50年経つと完全に変わっているだろう。他にも現実を大きく違う点も多い。スミスがチッソの警備員に殴られ大けがをしたのは千葉県市原市の五井工場だが、映画では水俣と思える。社長が水俣にいて、大金をスミスに差し出すのも不自然。そこら辺をどの程度気にするべきか。
(水俣病自主交渉派の人々)
 この映画は要するにスミスの人生を「物語」にしている。それはよくあるボクシング映画の構造などと似ている。昔はすごかったボクサーが飲んでばかりで引退の危機にある。そこへファム・ファタール(運命の女)が現れ、主人公を励まして新しい目標を指し示す。やる気を取り戻してトレーニングに打ち込むが、周りには障害がいっぱいで八百長も持ち込まれる。くじけそうになった主人公はまた飲んでしまう。しかし最後の最後で「生涯の最高の闘い」に全力を出すのだった。要するにこのボクサーがユージン・スミスである。

 そしてその生涯の最高の闘いとは、映画内では「アキコ」とされる上村智子(1956~1977)を撮った「入浴する智子と母」である。まさに「聖母子像」(ピエタ像=磔にされたイエスを抱く母マリア像)を思わせる。冒頭ではアキコの写真撮影を断られるが、大けがを負って(患者たちと同じスティグマをスミスも負って)患者と同等の位置に立つことになったスミスには写真撮影が許されたのである。その荘厳なシーンがあればこそ、この映画は忘れがたいものになった。
(ユージン・スミス)
 病院に潜入して書類を探すシーンやスミスの写真工房が放火されるシーンなど、現実改変が過ぎると思うシーンが多くて、この映画の脚本には疑問も多い。しかし、物語としての脚本は「アキコ撮影」に向けてスミス受難が必要だということだろう。でも実際に大けがを負っているんだから、それ以上は必要だろうか。だから全体的には図式的な描き方を脱していないように思えてくる。ラストに福島第一原発事故やボパール製薬工場事故、世界各地の水銀中毒など多くの公害、事故の写真を列挙する。作り手のメッセージが込められた力作ではある。

 ジョニー・デップは若いようで、1963年生まれなので58歳である。スミスが水俣に来たのは52歳だから、スミスの方が若いのである。アイリーンとは1970年に知り合って、31歳差だった。映画ではアイリーンを美波(1985~)が演じていて、現実のアイリーンが若かったことに驚く。患者団体のリーダーに真田広之、患者メンバーに浅野忠信加瀬亮、チッソの社長に國村隼と国内キャストはいやに豪華である。監督はアンドリュー・レヴィタスという人で、今までは画家や彫刻家としてのキャリアが長いようだ。デップの指名らしいが、身近ではない脚本を上手に演出することに気を遣っている。音楽は坂本龍一
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