春本雄二郎監督・脚本・編集の「由宇子の天秤」という映画は要注目。春本雄二郎(1978~)監督は「かぞくへ」(2016)という映画を作った監督だが、僕は見ていない。「由宇子の天秤」はそれ以前から書いていたオリジナル脚本を満を持して映画化したもので、ベルリンやプサンなど世界各地の映画祭で好評を得た。152分もある長い映画だけど、長さは感じない。今年の日本映画の収穫と言って良い作品だと思う。
ドキュメンタリー映像を作っている木下由宇子(瀧内公美)はある女子高生自殺事件を追っている。遺族に取材を積み重ねるが、遺族は学校の対応以上に報道被害に怒っている。しかしテレビ局側は身内批判のような部分を削って欲しいという。関係者の閉ざされた心を解きほぐして何とか真相を追求してきた由宇子は精一杯抵抗するのだったが…。一方、由宇子の父政志(光石研)は学習塾を開いて男手一つで由宇子を育ててきた。今では時々由宇子も教えていて、ある日テストをしているとカンニングしている生徒が目に付く。それが小畑萌(めい=河合優実)で、その夜塾で倒れて家に送っていくことになる。
(テストをやっている萌)
萌は同じく父と二人暮らしだが、部屋はものすごく散らかっていて、ガスも止められている。そして由宇子は萌から驚くべき告白を聞いてしまう。それは塾の存立に関わる出来事で、取材した相手のようにネットで取り沙汰されると自分の仕事にも関わるかもしれない。自殺の真相を追究してきた由宇子だが、自分の身に降りかかっても正義を貫けるのだろうか。この前に見た「空白」は実に鬱陶しい映画だったが、それでも登場人物は主観的には間違ってはいない行動をすることで衝突する。しかし、「由宇子の天秤」の登場人物の多くは、それはまずいでしょという行動を取っている。そこが人間なのかもしれないが。
(木下塾の父と娘)
ミステリー的に何が真相か、どんでん返しを仕掛けつつ進行するが、やはりカタストロフィに至ってしまう。仕事においても塾での問題においても。「正義の天秤」はどちら側に揺れるのか。自分の問題かどうかに関わらず、由宇子は判断を誤っている。それは何故だろうか。3年前の女子高生自殺事件に関しては、二次的な証言としてしか描かれないから観客に真相は見抜けないと思う。しかし、塾で起きる萌の問題では由宇子の判断の誤りは決定的だと思う。その様子を野口健司のカメラがじっくりと映し出す。
(春本雄二郎監督)
春本雄二郎は松竹京都で「鬼平犯科帳」など時代劇の助監督を務めてきたという。すでに3作目「サイレン・バニッシズ」が完成していてプサン映画祭で上映されたらしい。「由宇子の天秤」には疑問点もあるが、大変な注目株だと思う。製作に片渕須直監督が参加している。優れたシナリオとともに、撮影や照明(根本伸一)の貢献も大きい。滝内公美は「彼女の人生は間違いじゃない」「火口のふたり」も難役だったけれど、今回の方がはるかに大変なんじゃないだろうか。由宇子には疑問もあるが、それを演技と感じさせない。
萌役の河合優実(2000~)は最近いろんな映画に出ているが全く違った印象で驚く。「喜劇愛妻物語」ではうどん打ちの高校生、「佐々木、イン、マイマイン」では佐々木の死体を発見する苗村、「サマーフィルムにのって」ではハダシ監督の友人ビート板。今回はひたすら恵まれない女子高生だから判らなかった。「萌」というタイプは教師をしてれば時々出会うと思うが、捉えどころがなくウソばかりにも見えるし、逆に信じてあげなければとも思わせられる。対応が難しいタイプで、由宇子も困惑するが対応は失敗した。
ところで冒頭で取材する学校は公立だろうか私立だろうか。教育委員会や自治体の責任問題に全く言及されないから、恐らく私立学校なのかもしれないと思って見た。自殺生徒が非常勤講師の先生と交際していたらしいという情報も出てくる。非常勤講師は部活は持たないし、授業が終われば帰るから残業もない。非常勤講師の母親は、子どもが学校の勤務が大変で、学年主任も取り合ってくれないと言ってたと証言する。
その時点で僕は疑問を持ったが、私立の場合はちょっと違うのかなと思ったりもした。その僕の疑問は実は真相につながる疑問だったと後で判る。僕には驚きの展開はなかったが、登場人物の描き方がとても自然で、まさにドキュメンタリーのようだった。ただ、小声でしゃべる登場人物が多くて、僕には聞き取れないところもあり、「サウンド・オブ・メタル」のようにバリアフリー字幕があればいいのにと思った。
ドキュメンタリー映像を作っている木下由宇子(瀧内公美)はある女子高生自殺事件を追っている。遺族に取材を積み重ねるが、遺族は学校の対応以上に報道被害に怒っている。しかしテレビ局側は身内批判のような部分を削って欲しいという。関係者の閉ざされた心を解きほぐして何とか真相を追求してきた由宇子は精一杯抵抗するのだったが…。一方、由宇子の父政志(光石研)は学習塾を開いて男手一つで由宇子を育ててきた。今では時々由宇子も教えていて、ある日テストをしているとカンニングしている生徒が目に付く。それが小畑萌(めい=河合優実)で、その夜塾で倒れて家に送っていくことになる。
(テストをやっている萌)
萌は同じく父と二人暮らしだが、部屋はものすごく散らかっていて、ガスも止められている。そして由宇子は萌から驚くべき告白を聞いてしまう。それは塾の存立に関わる出来事で、取材した相手のようにネットで取り沙汰されると自分の仕事にも関わるかもしれない。自殺の真相を追究してきた由宇子だが、自分の身に降りかかっても正義を貫けるのだろうか。この前に見た「空白」は実に鬱陶しい映画だったが、それでも登場人物は主観的には間違ってはいない行動をすることで衝突する。しかし、「由宇子の天秤」の登場人物の多くは、それはまずいでしょという行動を取っている。そこが人間なのかもしれないが。
(木下塾の父と娘)
ミステリー的に何が真相か、どんでん返しを仕掛けつつ進行するが、やはりカタストロフィに至ってしまう。仕事においても塾での問題においても。「正義の天秤」はどちら側に揺れるのか。自分の問題かどうかに関わらず、由宇子は判断を誤っている。それは何故だろうか。3年前の女子高生自殺事件に関しては、二次的な証言としてしか描かれないから観客に真相は見抜けないと思う。しかし、塾で起きる萌の問題では由宇子の判断の誤りは決定的だと思う。その様子を野口健司のカメラがじっくりと映し出す。
(春本雄二郎監督)
春本雄二郎は松竹京都で「鬼平犯科帳」など時代劇の助監督を務めてきたという。すでに3作目「サイレン・バニッシズ」が完成していてプサン映画祭で上映されたらしい。「由宇子の天秤」には疑問点もあるが、大変な注目株だと思う。製作に片渕須直監督が参加している。優れたシナリオとともに、撮影や照明(根本伸一)の貢献も大きい。滝内公美は「彼女の人生は間違いじゃない」「火口のふたり」も難役だったけれど、今回の方がはるかに大変なんじゃないだろうか。由宇子には疑問もあるが、それを演技と感じさせない。
萌役の河合優実(2000~)は最近いろんな映画に出ているが全く違った印象で驚く。「喜劇愛妻物語」ではうどん打ちの高校生、「佐々木、イン、マイマイン」では佐々木の死体を発見する苗村、「サマーフィルムにのって」ではハダシ監督の友人ビート板。今回はひたすら恵まれない女子高生だから判らなかった。「萌」というタイプは教師をしてれば時々出会うと思うが、捉えどころがなくウソばかりにも見えるし、逆に信じてあげなければとも思わせられる。対応が難しいタイプで、由宇子も困惑するが対応は失敗した。
ところで冒頭で取材する学校は公立だろうか私立だろうか。教育委員会や自治体の責任問題に全く言及されないから、恐らく私立学校なのかもしれないと思って見た。自殺生徒が非常勤講師の先生と交際していたらしいという情報も出てくる。非常勤講師は部活は持たないし、授業が終われば帰るから残業もない。非常勤講師の母親は、子どもが学校の勤務が大変で、学年主任も取り合ってくれないと言ってたと証言する。
その時点で僕は疑問を持ったが、私立の場合はちょっと違うのかなと思ったりもした。その僕の疑問は実は真相につながる疑問だったと後で判る。僕には驚きの展開はなかったが、登場人物の描き方がとても自然で、まさにドキュメンタリーのようだった。ただ、小声でしゃべる登場人物が多くて、僕には聞き取れないところもあり、「サウンド・オブ・メタル」のようにバリアフリー字幕があればいいのにと思った。