尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「コレクティブ 国家の嘘」、ルーマニアの闇に挑む

2021年10月27日 21時59分35秒 |  〃  (新作外国映画)
 「コレクティブ 国家の嘘」はとても面白い映画だった。「面白い」と言ってはいけないような告発型のドキュメンタリー映画だし、舞台は遠い東欧のルーマニアである。でも展開は圧倒的で驚くべき発見に満ちている。何でもオバマ元米大統領が昨年の公開映画ベストワンに選んだとか。2021年のアカデミー賞でも、長編ドキュメンタリー映画賞だけでなく、国際長編映画賞にもノミネートされた。受賞作「アナザーラウンド」やノミネート作「アイダよ、何処へ?」「少年の君」はここでも書いたけれど、決して負けてはいない。

 「コレクティブ」というのは、ルーマニアの首都ブカレストにあったディスコの名前である。2015年10月30日、そこで火事が起こった。出入り口が一つしかない構造のため逃げ遅れた客が煙に巻き込まれ、27人が死亡し180人が負傷したという。そういう大火事は日本でも時々起こったし、世界でも起こっている。しかし、この映画が追求するのは火事ではない。その後、病院に入院していた患者たちが37人も亡くなったのである。それは緑膿菌の院内感染が広がったためである。何でそんなことが起こったのか。そこへ内部告発があり、何と表示より10倍に薄められた消毒薬が病院に納められていたというのである。

 それを追求したのがスポーツ紙「ガゼタ・スポルトゥリロル」というのが面白い。カメラはその新聞に密着する。当初保健省は消毒能力に問題はないとしていた。しかし、その検査は問題を超した病院が行ったものである。製薬会社を隠し撮りすると疑惑の社長が登場してくる。キプロスに秘密の口座も持っているらしい。病院と製薬会社の汚れた関係が見えてくる。政府も捜査に乗り出さざるを得なくなるが、釈放された社長は交通事故を起こして死亡する。そんなバカなという展開で、これを劇映画でやったらストーリーがご都合主義と批判されるだろう。
(追求するマスコミ)
 国民の怒りが増して政府は総辞職して新しい保健相が登場する。後半はこの保健相に密着するが、公然たる圧力が掛かってくる様子をとらえていて闇の構造の深さに慄然とする。ルーマニアでは病院の理事長に医師以外でもなれるらしく、医療が政治的にゆがめられやすい。しかも、政権党だった社会民主党が立ちはだかっている。社会民主党といっても、過去のチャウシェスク政権当時の関係者が関わっている党である。
(新保健相は頑張るけれど)
 この映画は一体どうやって撮影されたのだろう。監督のアレクサンダー・ナナウ(1979~)は、「トトとふたりの姉」(2014)で世界に知られた。日本でも公開され、僕も見てるんだけど書いてないと思う。崩壊した家族の中で生きていく子どもたちに密着した映画だった。密着度合いが生半可ではなく、まるで再現された劇映画みたいだった。そこまで密着できるのかという感じ。日本ではとても無理だと思う。

 このような政治の腐敗による人災は世界中どこでも起こっている。日本でも福島第一原発の事故や水俣病、最近では熱海で起こった土砂崩れもそうじゃないか。そういうところに思いが及んでいく。と同時に被災者も描かれているのが貴重だ。火事の熱傷のサヴァイヴァーが義手を付けている様子が出て来る。全体的によくここまで撮れたなという映像が多い。マスコミ報道の重要性をこれほど実感させる映画もない。ジャーナリズムを学ぶ若い学生は全員に見て欲しいなと思う。映画館での上映は限定的(東京ではシアター・イメージフォーラムとヒューマントラストシネマ有楽町のみ)だが、今後も様々な形で上映機会を作って欲しい。
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