尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「サウンド・オブ・メタル」、難聴者の描き方

2021年10月08日 22時21分00秒 |  〃  (新作外国映画)
 「サウンド・オブ・メタルー聞こえるということー」(ダリウス・マーダー監督)というアメリカ映画が公開された。宣伝や紹介がほとんどないから、知らない人が多いと思う。アメリカでは非常に高く評価され、アカデミー賞作品賞にノミネートされた他、6部門にノミネートされ編集賞音響賞を受賞した。他にも主演男優賞、助演男優賞、脚本賞にノミネート。僕はこの映画をずっと見たいと思っていた。アメリカでの高評価のためではなく、「難聴」をテーマにした映画だからである。副題に「聞こえるということ」とあるように、本格的に「聴覚」をテーマにする映画は珍しい。しかし、描き方には問題が多い。

 主人公はルーベン・ストーンリズ・アーメット)というドラマーである。冒頭に大音量のロックが流れてくる。ルーベンは恋人でもあるルーオリヴィア・クック)とバンドを組んで、全米を公演している。大きなトレーラーに住んで全米を周り、車内で音響処理も出来るようになっている。そんな暮らしを続けていて、ある日急に大きな耳鳴りがして音が聞こえなくなった。しばらくは秘密にしているが、ドラムがメチャクチャになってルーに気付かれる。実はほとんど聞こえていないんだと。

 ルーは病院に行けと勧めて、ルーベンの聴力が非常に落ちていることがはっきりする。そこで「内耳」のインプラント手術があると知らされる。歯だけじゃなく耳にもインプラントがあるのか。しかし、その手術は保険もきかず非常に高額だと言われる。彼らはなかなか人気だったようだが、もう公演は継続できない。聴覚が非常に落ちたルーベンは聴覚障害者の自助グループを紹介される。そこは教会に援助された「ろう者」のための場所で、映画では「デフ・コミュニティ」と表現されている。ここら辺の展開は僕には疑問が多い。

 僕は「耳鳴り」がひどくなって病院に行ったことがある。「耳鳴り」というけど、「突発性難聴」である。難聴だと思ってなかったのだが、検査してみると確かに聴力が落ちていた。「突難」と呼ぶらしいが、原因ははっきりしない。もちろんはっきりする場合もあって、一番深刻なのは脳腫瘍によって聴覚神経を司る脳の部位が正常に作動しない場合である。この場合は「障害」では済まず生命に影響する。だから一応MRI検査を勧められた。保険適用だが結構高額なので、ルーベンには無理だったのかもしれないが、何故アメリカでそれをやらないか疑問。
(ルーベンとルー)
 映画ではルーベンの「耳鳴り」を大音響で表現している。それはキーンとするような音で、経験したことがある人もあるだろう。でも耳鳴りは外部からは確認できない。耳鼻科で検査しても、医者が耳鳴りを聞き取れる装置は存在しない。言ってみれば耳鳴りは主観的な世界にしか存在しない。空気の振動を感受して脳に伝達する神経のどこかに異常が生じているのだろう。加齢による劣化、あるいは細菌、ウイルス等による炎症などで、聴覚神経の誤作動が起きているということだろう。

 原因が不明なのではっきりとした対症療法は出来ないが、現在のところ「ステロイド」療法が主流だと思う。炎症や免疫を抑える目的で使用され、耳鳴りも免疫系の疾患の一つの現れと考えられるからだ。ルーベンの聴力低下は激しいが、それまで公演に継ぐ公演の連続で落ち着いた家もなかったのだから、まずは入院してステロイド療法を行うのが普通じゃないだろうか。僕も入院を勧められたが、そこまでする症状でもないので、毎日点滴10日間になった。結局はあまり効かないまま副作用の方が大きくなって中止したが、ルーベンにまず必要なのはステロイド療法ではないのか。「突難」は本人の認識では病気であって障害ではない。

 デフ・コミュニティではリーダーのジョー(ポール・レイシー=アカデミー助演男優賞ノミネート)が中心になっている。彼はヴェトナム戦争中の爆発で聴力を失い、手話と口話(健聴者の口の動きを読む)でコミュニケーションを取ることが出来る。ルーベンは最初はなじめないが、やがて子どもたちと親しくなる。しかし秘かにジョーのパソコンをのぞいていて、ルーがパリ公演で受けたことを知る。自分も手術を受けて復帰したいと思い、トレーラーを売って人工内耳を付ける。ジョーからは健常者に復帰しようとするルーベンがコミュニティにいては困ると追い出される。ルーベンは苦労してルーの家を訪れるけれど…。

 人工内耳は調節が難しく、ルーベンも苦労している。それは空気振動を感受するものではない。聾の方の内耳に電極を埋め込み、周囲の聴神経を直接に電気刺激して聴覚を取り戻す装置だという。コンピュータと電池を頭に埋め込むようなものである。日本では保険が適用されるらしい。ルーベンはきちんと治療すれば、もう少し聴力が戻った可能性があると思う。その上で補聴器を使えば、ドラマーとしては無理かもしれないが健聴者の社会でやっていけるのではないか。どうもそこら辺の描き方、難聴=障害者というとらえ方に疑問がある。確かに音響処理などに優れたものがあるが、どうも疑問を感じたのだった。
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