星のひとかけ

文学、音楽、アート、、etc.
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「幸福って素晴らしいな。」 : 『ハインリヒ・ベル短篇集』

2005-10-03 | 文学にまつわるあれこれ(ほんの話)
下の文章を書いていた時、また、、爆弾テロが起きていたなんて、、、

10月3日は、東西ドイツの統一記念日だそうです。
全世界の祝福と、たくさんの愛と、忘れられない犠牲と、未来への希望のなかでひとつになった国だけど、、今また、たくさんの不満が生まれて、「ベルリンの壁」があった方が良かった、、、と感じる人まで(それも相当に)いるらしい。。

歪められた懐かしさに憧れるより、、、これから創り出されるものに憧れようよ。

・・・ドイツの話ではなく・・・
前線に立ったこともなく、肉親を引き裂かれたこともない人が、戦った男達に憧れるような、、、そんな恥かしい指導者は要らない。プロジェクトXの心理操作で戦争を語られたらたまらない。

 ***

 真っ暗な空に二発の銃声が響き、そのこだまが千倍にもなって彼の上にふりかかって来た。それは針のように彼の胸をちくちくと刺した。あのいまいましいルクセンブルク兵になんか捕まるもんか。撃たれるもんか。彼がいま腹這いになって載っている石炭は、固くてとがっていた。無煙炭だった。これなら1ツェントナー80マルクで、最高80マルクで売れる。ちびたちにチョコレートを買ってやろうかな。いや、それには足りないだろう。チョコレートは40マルク、45マルクくらいまでする。そんなに沢山ちょろまかすことなんてできやしない。

   ・・・・・

 注射はよかった。チクッとしたけど、そのあと突然幸福がやって来たんだ。あの青白い顔の看護婦さんが、注射器の中に幸福を仕込んでおいたんだな。だって、この耳ではっきり聞いたんだもの、注射器の中に幸福を入れ過ぎた、量が多過ぎたって言っていたのを。ぼくはばかなんかじゃないんだぞ。グリーニィって、イが二つはいるんだぞ……いや、そう、死んじゃった……いや、行方不明なんだ。幸福って素晴らしいな。いつかちびたちに注射器にはいった幸福を買ってやりたいな。何でも買えるんだから……パンだって……山ほどのパンだって……

   ・・・・・

 「ほくは洗礼を受けてないんだ。」
 尼僧はびくっとして目を上げた。洗面台のところへ走っていき、目は心配そうに少年を見守り続けていた。グラスは見つからず、駆け戻って、熱のある額を撫でた。それから小さな白いデスクに近寄って、試験管を一つ手に取った。試験管にさあ早く水を入れて! ああ、こんな試験管にはなんて少ししか水がはいらないんだろう……
 「幸福を」と、少年が囁いた、「幸福を注射器に一杯入れてよ。そこにあるの全部。ちびたちの分もね……」

      「ローエングリーンの死」 『ハインリヒ・ベル短篇集』岩波文庫より