星のひとかけ

文学、音楽、アート、、etc.
好きなもののこと すこしずつ…

愛の真実、 ひとの尊厳、 それをみつけるのはむずかしいね、、:『テロル』 ヤスミナ・カドラ

2007-08-24 | 文学にまつわるあれこれ(ほんの話)
お盆のあいだに読んでいた本のはなし。

『テロル』 ヤスミナ・カドラ 著/ 藤本 優子 訳 早川書房



主人公は、パレスチナ出身者でイスラエルに帰化した外科医。ある日、町のレストランで自爆テロが起こり、医師はつぎつぎ運ばれる負傷者の処置に奔走する。その日の終わり、、医師は自分の最愛の妻が、その自爆テロの首謀者だったと知らされる。妻は妊婦を装い、身体に爆薬を隠して、子供たちで賑わうレストランの中で自爆した。

この瞬間からはじまる、 主人公の 「何故?」 という問い。

なぜ妻がテロリストに? なぜ夫である自分にひと言も告げずに?
社会的地位と安定した暮らしを手に入れ、この上ない幸福と愛につつまれていたはずの妻がなぜ?
自分が見てきた妻の姿はいったいなんだったのか?

まさに天が落ちてきたような衝撃の中で、妻の足跡を手探りしていくうちに、
医師は、自らの過去とも向き合わざるを得なくなる。
故郷と決別し、イスラエルの社会に同化し、アラブ人の自分が有能な外科医と認められるまで、誰よりも努力を重ね、そうして手に入れた今の生活。
その一方で、何も変わっていない故郷(くに)の現実。

、、ふたりの「愛」の物語として読むだけでも興味がわきました。
幸福、の真実って、 与えられる愛情だけではダメなのか、、 何不自由ない暮らし、では足りないのか、、
人間が個として充たされるためには、「愛」だけでは足りないのか、、
民族としての「尊厳」は、すべての「愛」を擲っても必要なのか、、

、、もうひとつ、 この本を読む前からとても気になっていたこと、 答えが欲しかったもの、、
「医師」である主人公は、自分の妻が選んだ「テロ」という手段に対し、どのような答えを出すのか。。

簡単には見つけられない答えですよね、、
その苦悩そのままに、主人公のモノローグが彷徨い、過去に還り、また現実に戻り、、そんな混沌とした思いをそのまま、でも淡々と語っていることが好ましく思えました。

   「私にとって、唯一の価値ある真実とは、いつの日か私が立ち直り、
    患者の治療に戻るための助けとなってくれるものだ。というのも、
    ただ一つだけ私が信じている戦い、その戦いのためなら血が流れてもいいと
    思っているのは、外科医としての自分の戦いであり、その仕事とは命を再構築
    すること・・・(以下略)」

この一文は、読んでいる私にとっても、こう書かれていて欲しいという「願い」のような文章であったし、
たぶん作者も、その「価値ある真実」を唯一の拠り所として、この救いの無い「戦い」の物語を描こうとしたのではないかと思うのだけれど、、 その思いが何処へ辿りつくのかは、、 やはり簡単には答えは出ない、、 という終わりになっています。
読むほうは、答えを欲しいと思うのだけれど、、 そうはいかないのでしょう。。

、、ところで、、
6月に、英国のロンドンとグラズゴーの空港で自爆テロがありました。
死亡したその実行犯は「医師」でした。

この報道は、先に書いた「唯一の拠り所」が崩れていくような、なんだか悲しいものでした。
『テロル』の作者もまた、、 この現実に向き合うために、新たな筆をとることになるのだろうと
そんな気がします。。
、、『テロル』の前に、 こちらはアフガニスタンを舞台にした『カブールの燕たち』が翻訳されています。
こんどはそれを読もうと思います。

 ***

夕陽の茜がだんだん濃くなってきましたね。