星のひとかけ

文学、音楽、アート、、etc.
好きなもののこと すこしずつ…

例えば愛という絶対空間:『スミラの雪の感覚』ペーター・ホゥ著

2019-06-04 | 文学にまつわるあれこれ(妖精の島)
昨日 読み終わりました。

デンマークの作家 ペーター・ホゥ著『スミラの雪の感覚』 染田屋茂・訳 新潮社 1996年


本国での出版は1992年だそうですから、27年も前になります。 著書は欧米でベストセラーになり、97年に映画化もされているとのこと。 でも全くこのタイトルには記憶がありませんでした。 
デンマークのハードボイルドミステリー 『凍てつく街角』ミケール・カッツ・クレフェルト著(>>)や、 先ごろ載せた ドイツのフォルカー・クッチャーによる警察小説シリーズ(>>) につづいて、 北欧あるいは東欧あたりのミステリ小説をなにか読みたいな、と思って 検索していて この『スミラの雪の感覚』に行き当たったんです。

またお馬鹿をさらしてしまいますが、、 グリーンランドがデンマーク領だということを 私ぜんぜん知りませんでした。。グリーンランドは国ではない、とは知ってはいても 一番近くのカナダ辺りに属するものと勝手に… デンマークとは考えたことも無かったです。

…なので 物語を読み始めたとき、 いきなり グリーンランド人の墓地、、 という場面から始まっても意味がわかっていませんでした。 しばらく読み進めて、、(グリーンランドって デンマークだったんだ…)と。。

 ***

この本は絶版なんですね、、(勿体ない…) 簡単な内容紹介は Amazon にリンクしておきます。 このくらいの前知識で余り詳しく書かれていない方が良いと思うので、、(>>) 

物語の冒頭がグリーンランド人の墓地、、 と先に書きましたが、 亡くなったのはイヌイットの血を引く少年。
そして、 主人公の女性スミラは グリーンランドのイヌイットの集落で生まれ、そこで狩猟生活をしながら幼少期を過ごし、、 しかし 現在はデンマークのコペンハーゲンに住んでいる。 

グリーンランド出身のスミラには 雪や氷に対する特別な知覚があり、 スミラは少年が亡くなった現場の雪の跡から、 彼の死に疑問を感じる。。 それがすべての発端になるのですが、 スミラがどんな女性なのか、 スミラと少年がどんな関係なのか、、 なぜスミラの知識は特別なのか、、 なぜスミラは少年の死の謎を解こうとするのか、、 物語はスミラの思考(心の動き)を少しずつ語りながら進むので 簡単には事件の背景がつかめません。。

読んでいくうちにようやく、 すべての鍵は グリーンランドとデンマークとの、 旧植民地であった(現在は自治領)その関係性にあると気づくのです。。

スミラは イヌイットの母と、 デンマークからやってきた科学者としての父との両方の血を受け継ぎ、 幼少期に極北の氷の平原で培われた自然に対する特別な知覚と、 デンマークで受けた高等教育の知識と、 両方を兼ね備えた非常に高度な才能を持っていますが、 その代わりに、 プリミティヴな知覚と文明科学との間で引き裂かれてもいる。。

ミステリーとしての謎解きは、 スミラが少年の死の謎を追っていくうち、 過去のデンマークによるグリーンランドの資源開発をめぐる 30年以上にもわたる組織的な策謀にもつながっていき、、 後半はグリーンランドへ向かう船内と極北の海が舞台になっていきます。 その船舶の構造や、 海洋の自然や氷の現象の描写もきわめて詳細で専門的で…

訳者さんのあとがきに メルヴィルの『白鯨』や コンラッドの『ロード・ジム』の名が出ていましたけれど、、 確かに。。
加えて、 医学や生物学にも関連してくると、 マイクル・クライトンやロビン・クックにもちょっと近いかな… とか。(90年代にはたくさんそういう小説や映画がありましたね)

 ***

謎解き、、 というミステリの要素では上にあげた、 資源開発、極地探索、自然と文明そして科学、、などの壮大な舞台背景があるのですが、 一方で、、 イヌイットとデンマーク人の両方のアイデンティティに裂かれたスミラという女性の物語があり、 そちらのほうにより強く私は惹かれました。 スミラが苦しんでいるもの、、 自分は何? どう生きたら、、 人との関係性は、、 愛は、、 家族は、、、

そのようなスミラの自己分析や 世界認識の言葉が アフォリズムのようにしばしば語られるのですが、、 自然科学や地質学や数学や物理学などの言葉を使って表現をするので、 理系に弱い私にはそこがなかなか難しいところでもあり、、 とても読むのに大変だったのですが、 でも 頑張って理解しようとしてみると 言い得て妙、、と思える部分も多く、、

例えば…

 「なぜなら、数の構造は人の一生に似ているからよ。まず最初にあるのが自然数。正の整数のことよ。小さな子供の数というところね。でも、人間の意識というものは拡大していく。子供は憧れを発見する。憧れを数学的に表現すると何になるか知っている? … 略 …

 「負の数よ。何かになかなか手が届かない気持ちを形にしたものだわ。それから、人間の意識はもっと広がり、成長して、子供はさまざまの空間を発見する。石と石のあいだ、石に生えた苔と苔のあいだ、人と人のあいだを。それに数と数のあいだ。その先に何が来ると思う? 分数が登場するのよ。整数プラス分数が有理数を創りだす。それでも、人間の意識は留まることを知らない… 略 …


、、 こんな感じ。。

このスミラ独特の 哲学的な思索、 自分と世界に対する認識の方法に馴染めないと思うかたは 映画で観るほうがたぶん良いと思います。。 なんたって 二段組で430頁、、 読むの大変でしたもの。。
Smilla's Sense of Snow (1997) ←予告編も見られます。 ガブリエル・バーンやリチャード・ハリスなど配役も素敵。


この『スミラの雪の感覚』を読んでいて、 昔(この本が書かれた頃と同じ時期) イヌイットの映画を観たことを想い出しました。 『ニキータ』の女性暗殺者を演じた アンヌ・パリローが好きで観た映画 邦題は『心の地図』
Map of the Human Heart (1992)
細部はあまりおぼえていないけれど、 美しい映画だったと。。 DVD化されていないのですって、、 残念です。


それから、 グリーンランドとこの本に関連する記事を参考までに、、
温暖化のおかげで「独立」が買える!?
グリーンランドが抱える「究極のジレンマ」
 https://diamond.jp/articles

グリーンランド、凍らぬ海の下に眠る宝 進む資源開発、迫る中国の影
 https://globe.asahi.com


 ***

(最後に、、 ちょっとネタばれになりますが)

スミラには グリーンランドの雪原へ狩りに出ていた子供の頃、 霧や雪につつまれて周囲がまったく見えず 路も分からない時でも、 本能的に方向を認識できる能力がありました。 それをスミラは大人になってニュートンの「絶対空間」を引き合いに出しながら 自分と宇宙とが直接に繋がっている感覚として語るのですが、、

スミラが少年の死の真実を追い求めるのも、 自分が自分でありたいと願うのも(またそれによって何かを拒絶するのも)、 孤独に対しても、 神に対しても、、 あるいは愛に対しても、、 (上に書いたように数学を人生の喩えに用いるのも) 、、 スミラの根源には 自分が雪原の中で感じることの出来た絶対的な位置感覚、、 ニュートンの言う「絶対空間」への希求というものがあって、、

そのようなものを求めたい(信じたい) それがスミラの苦しみでもあり、 希望でもあるのではないのかな…  と。


誰かほかの人という比較対象や、 ランドマークや、 そういう物によって相対化を図るものではないもの。。 そんなスミラの想いは、、 なんとなくだけれど 共感できました。



都市文明には比較対照を強いるものが多すぎますものね。。



(上のフォトのお菓子は本には関係ないんだけど、、 紫陽花という名の和菓子。
 読了のご褒美に今日頂きました… 紫陽花 見にいきたいな…)


 +++