『恋するアダム』 イアン・マキューアン著 村松潔・訳 新潮クレストブックス 2021年
『贖罪』 イアン・マキューアン著 小山太一・訳 新潮文庫 2018年(初邦訳は2003年)
イアン・マキューアンの最新邦訳 『恋するアダム』を読みました。
人間そっくりの身体を持つAIロボット《アダム》を購入した男性と、 彼のアパートの上階に住む女性と、 そしてロボットアダムとの三角関係の恋愛のゆくえ。。
ごく大まかな物語設定はそういうことなんですが、 これを読んでいて 今までのイアン・マキューアンの作品について、 彼がずっと考え続けてきたこと、 (作品ごとでぜんぜん傾向が違う作品が多いけれど) 書いてきたテーマはちゃんと一貫していたんだということに、 頭の中でスイッチがカチッと繋がった気がして、、
それで 以前に読み切れていなかった作品『贖罪』を早速手にしました。 最初に出版された頃忙しくて、 満足に読みなかったけれど、、 今回は無我夢中で一気読み。 なんて傑作なんだ!!と… あぁ、いま思い出して良かった。 読んで良かった~。。
イアン・マキューアンは《愛》の作家なんだ、と強く思いました。 ただ真っ直ぐな愛ばかりではなくて、 どうにもしようのない愛、、 理知も理性もおよばない、 常識も道徳もくるわせてしまうほどの抑えきれない感情。。 動物的な本能的な欲望とも違って、 人間が知的生命体であるがゆえに、 思い、考え、想像し、回想し、妄想し、、 そうやって縺れた感情を昂らせていく、 そういう《愛》
イアン・マキューアンは、 人間だけが陥るそういう複雑な愛について、 そのメカニズムを解明するように、 意識的に、自覚的に、書こうとずっとしてきたから、 それだからこそマキューアンの過去の作品には数多くの《罪》が描かれてきたのか、、と。
『恋するアダム』でも、 愛と 罪と、 理性と感情、 復讐と赦し、、 それらが描かれているものね。。 さっき、 人間だけが陥る 理性のおよばない愛、、 って書きましたが、 AIが人間の感情を学んでいって 人を愛するようになった時に、 理性さえ曲げてしまうようなどうしようもない人間の感情に対して アダムはどういう意識を持つのか、、 どういう判断をするのか、、
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『贖罪』は まさに愛と罪と、 理知と妄想と、 贖罪と赦しと、、 それから 人間だけが引き起こすすべての理性を剥ぎ取る狂気=戦争、、 それらを描いた大傑作の小説でした。 そしてものすごく小説らしい小説。 イアン・マキューアンがまさかこんな恋愛大河小説を書くなんて、、 と思ってしまうような。。 でも、 その形式も含めて、 極めて意識的に、 計算しつくして構成された、 見事な小説なのでした。
第一部は、 イギリスの19世紀女流文学、 それから20世紀初頭の《意識の流れ》という、 英文学史の小説の形態をきっちり踏襲した書き方で、 まるでジェーン・オースティンか、 ジェーンオースティンに倣って夏目漱石が書いた『虞美人草』のねちっこさを読んでいるようで、、。 上流階級の若い男女の恋愛模様を見つめる 夢見がちな小説家志望の13歳の少女の妄想が暴走していくあたり、、 マキューアンさんのサディスティックな書きぶりにゾクゾクしながら読んでいき、、
そうして13歳の少女の妄想によって運命を狂わされた恋人たちが、 第二次大戦の戦禍の中で、 愛を貫いて生き抜こうとする物語が第二部。。
ここでは第一部とは雰囲気もがらっと変わって、 戦争リアリズム文学に。。 愛の為に生きる、、 愛する人のもとへ帰還するためだけに生き延びる、、 その一途な想いと、 その想いを揺さぶるかのような不条理に満ちた戦場。。
この第二部はほんとうに感動的な愛の物語でした。 感動に打ち震えて 涙でいっぱいになって読みながら、 (こんな感動作のまま 感動の結末が待っているわけがない… だって だって イアン・マキューアンだもの…) と脳裡で警鐘が。。
これが事実の世の中の出来事だったら、 感動の物語として終えることをどんなにか願ったことでしょう。。 ドラマのような感動的な結末でほんとうは終わって欲しい、、 だけど、 そのような小説をイアン・マキューアンさんが書くわけはない。。 書くわけはないとしたら、 そのイアン・マキューアン的な結末を読むのが怖い、 悲しい、 きっと辛すぎる…… というぐちゃぐちゃな想いに翻弄されつつ 第三部へ。。
あとは 書きません。。 だって イアン・マキューアンさんだもの。。
本当に感動的な 大傑作の 『贖罪』という小説でした。 この作品でブッカー賞を取らせてあげたかった。。
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運命を狂わされた青年ロビーの戦場でのリアルな描写には、 マキューアンさんのお父さんの体験がもとになっていると解説に書かれていました。 イアン・マキューアンさんは戦後48年の生まれ。
愛する人が待つ場所へ帰るために生き延びる…
マキューアンさんは歪んだ愛を描くことの多い作家だけれど、、 ご自身は真っ直ぐに貫かれた愛が結晶して生まれたひとなのかもしれない、、と想像してみる。。 そう素直に思えるくらい、 マキューアンさんが『贖罪』で描いたロビーの純愛は美しかった。 泣けました。 大泣きしました。。
そして、
戦場でロビーが帰還への歩みを進めていく その一歩一歩が、
この世界の遠い行く手にある 平和な日常への願いと、 ほんの少し重なりました。。
いい小説だったなぁ…