prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

「ゾディアック」

2007年06月24日 | 映画
後半のジェイク・ギレンホールのゾディアック探しは何やらUFOやオカルトにはまった人の姿のようで不気味。

証拠を集めて真相に迫ろうと努力し続けて、そして集めた証拠だけ見ているとそれらしく思えるのだが、最初にたとえば誕生日がどうとか犯行の日が新月だったとかいうことに何かしら意味と理由があるはずだという思いがあってその線でしか考えておらず、単なる偶然じゃないのという当たり前の可能性を考慮に入れていない。
アメリカ軍が旧帝国陸海軍の作戦を分析して指摘した「高度の平凡性の不足」なんて言葉を思い出したが、要するに当たり前のことを当たり前に考えず、目的が先にあってなんとかならないでもあるまいと強引に作戦=真相をひねり出してしまう。当人は論理的に真相に迫っているつもりで、実際は自分の情念に引きずられている観が強い。

「わからないこと」をわかろうとする欲望というのは、こうも強いものかと不思議に思う。聞きかじりだが、哲学者のカントは人間は思考を極限まで突き進めないではいられない生き物だ、といったそうな。

「ダーティハリー」がゾディアック事件をモデルにしているのは知っていたが、軍隊用の靴をはいているというあたりもそうだとは思わなかった。

いくらなんでもちょっと長すぎるし、ドラマ的なカタルシスというのがありえない作りなので、いささか疲れた。
(☆☆☆★)