最近は、DVDの“メグレ警視”シリーズのことばかり書き込んでいるが、久しぶりに、ジョルジュ・シムノンの『証人たち』という小説を読んだ。
どこかの検索サイトでメグレ警部関連の記事を眺めていて、偶然この小説が最近発売されたことを知った。
来年から裁判員制度が始まることもあって、各社陪審関連の書籍をせっせと刊行しているが、河出書房もこの本のほかにも、『ある陪審員の4日間』というドキュメントを出している。
この『証人たち』という小説は、メグレ警部ものではないのだが、登場人物の描き方や、事件の起こった町の雰囲気、そして話の展開ぶりなどは、まさに“メグレ警部”そのものである。
“メグレ警部”ものの特徴は、フランス社会が上流階級と下層階級に分かれていることを前提にして、メグレ警部が、つねに下層階級に属する容疑者の側に身をおいて捜査、取調べを進めて行くことにあると思う。
時に、メグレは、上流階級に属する重罪裁判所の判事に対する敵意すら見せることもある。
ところが、このメグレ警部ものではない『証人たち』の主人公は、パリ近郊の小さな町の重罪裁判所の判事なのである。
この判事が、町の下層階級に属する者の間で起きた殺人事件を裁くことになるのだが、シムノンの筆に幻惑されて、この容疑者=被告人がはたして有罪なのか、それとも冤罪なのかということにばかり気をとられていると、この小説の本当の筋を見誤って不意打ちを食らうことになってしまう。
シムノン自身は、ミス・リードも何もすることなく、隠し絵のようにではあるが、しっかりそちらのストーリーも展開させている。納得のいく結末である。しかし、こちらの事件は、犯罪だったのかどうか・・。そうだとしたら、この本は「冤罪もの」というよりは「完全犯罪もの」ということになるが。
いずれにしても、“メグレ警部”ものと同様、シムノンは上流階級の側に身をおいてはいない。ただ、いつもの“メグレ”ものとは違って、この本では重罪裁判所判事はたんなる添え物以上に描かれている。暖かい目で描かれているとは言えないとしても。
一つ、耐えがたかったのは、話がフランスの真冬を舞台にしていたため、やたらと裁判所内の放熱機(どんな物なのか分からないが)が「しゅーしゅーと」音を立てて熱気を放っていたりするシーンが出てくるので、むし暑いこの時期に読むと、汗が吹き出てしまうことである。
* 写真は、ジョルジュ・シムノン/野口雄司訳『証人たち』(河出書房新社、2008年。原作は1955年刊)の表紙。
「シムノン本格小説選」というサブタイトルがついているということは、他のシムノンの小説も続いて出るのだろうか。何十年か前に、確か集英社かどこかから、シムノンの“メグレ”ものではない小説が4、5冊でていたように記憶するが・・。