小雨、23度、81%
実家の荷物の整理を始めたのは、4年程前、母を施設に預かってもらってからでした。その時の様子も、このブログに書き留めて来ました。当時、私は、家も土地も売り払うつもりでいました。それが昨年の年明けから、主人の厚意で家を残すこと、しかも改築をすることになりました。改築と一口にいいますが、一時期、我家は柱と屋根だけの丸裸、家の家具や残すものを一旦運び出さなければなりませんでした。
掃除もしない散らかり放題の大きな家の整理は、埃や蜘蛛の巣との戦いでした。冬は暖房もない中、夏も扇風機もつけずに蚊までやって来る中での整理です。一人でコツコツ2年近くかかりました。初めの年は息子が一度手伝いに来てくれて、不要な大きなものを市の焼却場に運びました。次の年には、お嫁さんも一緒にやって来て手伝ってくれました。
身につける物は容赦なく、何の躊躇も無く捨てることが出来ました。全く私と好みが違います。沢山あったジパンシーの服の中から一着だけ、黒のスーツを自分に残しただけです。一番難儀したのが、本の整理でした。片端から捨てればいいのですが、途中で本読み始めたりします。初めは、玄関に続く二畳の間に一杯の本を古本屋さんに頼んで引き取ってもらいました。2度目も同じだけの量ありますが、引き取りを断られ、又しても、息子の頼んで市の焼却場に運び込みました。市では、焼却場に入る前の車の重さと出るときの車の重さの差から、焼却物の重さを計り、料金をとります。数百キロは捨てたと思います。
残した本は、もう一度必ず読むだろうと思う本だけです。箱詰めして、倉庫に入れました。この1年半、どんな本をどれだけ残したか、全く気にもかけずに、思い出しもしないままでした。普通の引っ越しとは違います。日常的な細々した物は一切ありません。家具や大きな焼き物をのぞけば、ダンボール箱は、20個程。本と書いてある箱を開けて並べると、見出し写真の本だけでした。
晶文社の「ものがたりの贈り物」シリーズ、岩波の児童書の愛蔵版、捨てられなかったんだなと、自分を振り返ります。香港に帰る飛行機の中で、何度もこの本の写真を見ました。こんなに少ないとは思ってもいませんでしたが、残した本の選択は、まさに私そのものです。
今一度、私は本の整理をする時が来ます。香港から日本に戻る時です。何時のことになるでしょうか。
実家の本棚で残したのは、 この本棚ひとつです。これ以外に6つも本棚がありました。残した本は、真ん中の上段2段に納まっています。香港にある本を整理しても、この本棚ひとつでは納まりそうにもありません。
物を増やすまい、いつもそう思っているのですが、直ぐに忘れてしまいます。