
晴れ、23度、81%
人が住まなくなって、1年以上も経つ私の実家。もともと古い日本建築です。掃除を含めて、手をかけるという事を厭った私の母ですから、家が大きいだけ物だらけです。25年前香港に来る我が家は、一部の家具などをこの家に預けました。それでもひとつも狭くならない、それほど大きな家です。
衣類、本は手元に残さないと決めると、意外に片付きます。本は、悩ましたが、この先30年として、私が手に取らない本、再び読み返さない本は処分。衣類は、母の物は私の趣味ではありませんので、どんな高価な物でも処分。決して、やけっぱちではありません。
そこで残るのが、家具や大きな焼き物です。ありがたい事に、家人は、私の家の物を残しておいて欲しいと言ってくれます。でも、そのためには、それらを置くための私たちの屋台骨が必要です。もちろん、これらを置くための家から維持するための経済力です。
そして、もう一つ、さて残しました、家もあります、ところがまた30年先に、同じ問題が息子に起きるでしょう。その時、処分するのなら、いま、私の手で片付けるのが一番だと思っています。
私が小さい時から、身の回りにあった物ですから、出自は解りません。
見出し写真の一抱え以上もある、蓋付きの壷は、小石原焼き。梶原藤徳さんの物です。父が生きていた頃、夏1週間ほど、小石原に泊まりがけで、土をいじらせてもらっていました。梶原さんのお宅に泊めていただいていました。私も小さなろくろを回したものです。父が作った陶板、母の花器、私はどんぶりの大きいようなものしか焼けず、しばらく蚊取り線香入れになっていましたっけ。
まだ、開けていない部屋があります。何が出て来るやら。どなたかにもらってもらうのが一番いいのですが、ものの始末と対峙する毎日です。
良さそうな壺。
先日、香港の古い建築に足を踏み入れる機会がありました。歴史を感じましたが、管理したりなにかと大変だと思いました。
残したいもの、でも本当に管理は大変そうです。
日頃から、手をかける事、それが一番大事かしら、と思うのですが。