おはようございます。今朝は、トーハクの古代ギリシャ展の感想を。
古代ギリシャ展の半分、みてから、事前登録が必要な記念講演会を一時間半ほど聞いた。講師は、この展覧会の監修をされた東北大の芳賀京子先生で、”ギリシャ美術を巡る旅/神々と人間の出会うところ”という演題。歯切れの良い語り口で、おもしろく聞かせていただいた。
この展覧会は、わかりにくいという人が多いです、と第一声。とにかく、副題が”時空を越えた旅”とあるように、BC7000年紀からはじまって、紀元後までと期間が長い、加えて、(地図を示しながら)、ギリシャ本土、クレタ島、キュクラデス諸島など、場所もあちこちに飛ぶ。なかなか、すとんと落ちないかもしれないが、英文表記の副題をみると、”不死なるもの(神)と出会う旅”になっている。古代ギリシャは、日本と同様、多神教ですので、多様な神さまと出会ってください、という言葉にすとんと落ちた(笑)。
では、先生のお話を思い浮かべながら、旅をしてみましょう。図録は購入していないので、パンフレットからの写真だけといたしまする。ぼくの記録用として、貼りつけておこう。
第1章 古代ギリシャ世界のはじまり (BC7000-BC2000)キュクラデス諸島、クレタ島
BC7000年紀の新石器時代にはじまり、BC3200年紀頃からの青銅器時代へ入る。主に、エーゲ海のキュクラデス諸島で花開いたキュクラデス文明が紹介される。独特な大理石小像が印象的。写真↓は、スペドス型女性像。バイオリン型女性像なども。男性像は少ない。これらは、神々への祭祀や葬祭のためにつくられたと考えられている。用途不明なフライパン型容器などもある。
第2章 ミノス文明(BC3000-BC1100) クレタ島
クレタ島に花開いた、伝説のミノス王の名前をとってミノス文明(クレタ文明)。BC2000年紀初頭にザクロス宮殿などが建設された。そして、聖なるモチーフである牡牛や双斧を表した祭具や、海のモチーフで装飾された土器や装身具などいろいろ展示されている。そして、噴火で埋もれたテラ(サントリーニ)島アクロティリ遺跡で出土した色鮮やかなフレスコ画。本展の目玉の一つである、”漁夫のフレスコ画”↓(前17世紀)もここで出土した。たくさんの魚を両手にぶら下げる若者。単なる漁師ではなく、神に豊漁を感謝するために捧げものを持ってきた少年ではないかのこと。
牛頭型リュトン(BC1450)↓ クレタ島ザクロス宮殿「神殿宝庫」出土。黒い緑泥石を浮彫りや毛彫りで彫っている。まるで現代の作品みたい。
第3章 ミュケナイ文明(BC1600-BC1100年)
ギリシャ本土に生まれたミュケナイ(ミケーネ)文明は、次第に勢力を増し、BC1450年頃にはクレタ島に及ぶ。ミノス文明の影響を受けつつも、クレタの宮殿とは異なり、敵から防御のための堅固な城壁をもつ。権力者は勇敢な戦士であることを誇りに思い、死後は武具や黄金の装身具で飾られて埋葬されたという。
戦士の象牙浮彫り(BC1350-1250)↓ テロス島出土 猪の兜をかぶり、8の字の盾を持った戦士が浮彫りされている。ギリシャ最古の文学であるホメロスの『イリアス』(紀元前8世紀)は、ミュケナイ時代から何百年も語り継がれてきたトロイア戦争を詩文にして詠ったものだが、そこでは英雄オデュッセウスが猪の牙の兜をかぶり、まさにこの浮彫りのような姿で登場する(本展サイトより)。
円形飾り板(BC16世紀) ↓ ミュケナイ、円形墓域A(第3号墓)出土/径5.5~6.8cm。王家の墓で、数々の黄金製品が発見された。ホメロスの『イリアス』に詠われた「黄金のミュケナイ」を彷彿とさせる。
さて、ここら辺りで休憩を。(つづく)
では、今日も一日、古代ギリシャ人のように、お元気でおすごしください。