1901・1913号と言えば、広電初の冷房車でした。当時は富士電機製のバス用クーラーを用いておりましたが、バスで言う『サブエンジン』の代わりに600Vで駆動するモーターを用いた為、架線電圧の違いによる回転数の不安定が冷房の効き具合を悪くし、また故障も多かった記憶があります。
正確な時期は記録していませんが、後に三菱製クーラーに載せ替え他車と同一仕様となりましたが、インバータ電源装置を屋根上に乗せたため1900型の中でも外観上の識別点となりました。
冷房を載せ替える前の画像が出てきましたので紹介します。

留置中の1901号 千田車庫
私が運転士になった頃、1901号が千田車庫、1913号が江波車庫に配属され活躍しておりました。当時は取扱が非冷房車と同じで、チョッパー充電器や前照灯の個別スイッチがあったりし、戸惑う事もありました。
そうそう、チョッパー充電器には苦い思い出があります。1913号が冷房機器を交換する直前の一時期に千田運用となり、比治山線で担当した事がありました。南区役所電停を過ぎた頃に充電器表示灯の消灯に気付き、とっさに故障だと思い比治山橋電停で点検、ヒューズ交換を行いました。それでも表示灯は点灯せず、故障と判断し事故係に連絡し注意しながら運転を続けました。
宇品到着後、同車は入換られ入庫しましたが検査の結果は異常なし。いつも乗っていた1901号はバッテリーの放電が早く常に点灯しており、1913号は放電が少なく点灯時間が少なかったので、たまたま見たときに消灯しており、故障と判断したのだろうとの事でした。見事な早とちりで大騒動を引き起こしたお話でした(笑)

1913号の屋根上
ベンチレータは殆ど用を成していませんでしたが、冷房機器更新時まで載っておりました。

左側に見えるのが風洞。
入口扉を境に運転台に向かって左側、計2基の風洞が車内に設置されていました。車内灯は天井中心に直流蛍光灯が1列に並んでおりました。これがまた非常に暗かったんですよ…

夜間の車内(1913号)
同じ直流蛍光灯を用いた900型より暗かったように記憶します。

空調制御箱
2位側運転台に空調制御箱がありました。これがまた大きいばかりで、邪魔だったですね。
先輩のお話では『これでも入った当時は涼しく感じた』この冷房装置。私的には気休め程度にしか感じませんでしたが、冷房が苦手な今ではこれくらいの効きが丁度良いかも…(笑)
正確な時期は記録していませんが、後に三菱製クーラーに載せ替え他車と同一仕様となりましたが、インバータ電源装置を屋根上に乗せたため1900型の中でも外観上の識別点となりました。
冷房を載せ替える前の画像が出てきましたので紹介します。

留置中の1901号 千田車庫
私が運転士になった頃、1901号が千田車庫、1913号が江波車庫に配属され活躍しておりました。当時は取扱が非冷房車と同じで、チョッパー充電器や前照灯の個別スイッチがあったりし、戸惑う事もありました。
そうそう、チョッパー充電器には苦い思い出があります。1913号が冷房機器を交換する直前の一時期に千田運用となり、比治山線で担当した事がありました。南区役所電停を過ぎた頃に充電器表示灯の消灯に気付き、とっさに故障だと思い比治山橋電停で点検、ヒューズ交換を行いました。それでも表示灯は点灯せず、故障と判断し事故係に連絡し注意しながら運転を続けました。
宇品到着後、同車は入換られ入庫しましたが検査の結果は異常なし。いつも乗っていた1901号はバッテリーの放電が早く常に点灯しており、1913号は放電が少なく点灯時間が少なかったので、たまたま見たときに消灯しており、故障と判断したのだろうとの事でした。見事な早とちりで大騒動を引き起こしたお話でした(笑)

1913号の屋根上
ベンチレータは殆ど用を成していませんでしたが、冷房機器更新時まで載っておりました。

左側に見えるのが風洞。
入口扉を境に運転台に向かって左側、計2基の風洞が車内に設置されていました。車内灯は天井中心に直流蛍光灯が1列に並んでおりました。これがまた非常に暗かったんですよ…

夜間の車内(1913号)
同じ直流蛍光灯を用いた900型より暗かったように記憶します。

空調制御箱
2位側運転台に空調制御箱がありました。これがまた大きいばかりで、邪魔だったですね。
先輩のお話では『これでも入った当時は涼しく感じた』この冷房装置。私的には気休め程度にしか感じませんでしたが、冷房が苦手な今ではこれくらいの効きが丁度良いかも…(笑)