友人の白井康彦さんの署名記事が掲載された。
「派遣切り」などで生活できなくなった人へ、
専門家などに同行してもらって「生活保護」を受けようとよびかける記事。
憲法第25条には、
「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、
社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」
とうたっている。
市民は「健康で文化的な最低限の生活」をする権利があり、
国や自治体は、市民に対して、社会福祉の制度をととのえる義務を負う。
【暮らし】生活防衛 生活保護(下) 申請は支援者と同行 中日新聞 2009年1月15日 「派遣切り」などで生活が困窮して生活保護を受けようとする人が急増しているが、役所側に申請をなかなか認めてもらえず、あきらめてしまう人も多い。こうした場合に効果的なのは、生活保護に詳しい支援者に同行を依頼することだ。「生き延びるための攻防戦」を乗り切るノウハウを考えてみた。 年明けから東京都千代田区役所や名古屋市中村区役所などで、生活保護を受けようとする人の波ができた。 注目されたのは、仕事と住まいを失った派遣労働者らを支援する東京・日比谷公園の「年越し派遣村」。駆け込んだ人のうち生活保護を希望した約二百八十人のほとんどに、受給決定が出た。派遣村の村長は「NPO法人自立生活サポートセンター・もやい」「反貧困ネットワーク」の事務局長を務める湯浅誠さん。 中部地方に住む五十代の男性Aさんも湯浅さんに救われた一人だ。複雑な家庭事情で二〇〇七年春、妻と幼い娘と一緒に急に近県に移った。所持金も多くなかったので住まいは自家用車の中。妻は何とか派遣社員の仕事を見つけたが、住所不定の男性は仕事を見つけるのがより困難で、Aさんは就職できなかった。 そこで、〇七年夏、車中生活していた市の生活保護課を訪ね「生活保護を受けたい」と申し出た。しかし、担当者は「住所がないと受け付けできない」と突っぱね、申請書も渡さなかった。「三、四回行ったのですが、同じでした」とAさん。 打開策を必死で模索。ネットカフェのパソコン検索で「もやい」を見つけた。早速、連絡して窮状を説明すると、湯浅さんが支援者を探してくれ、若手司法書士が手を挙げた。その司法書士が生活保護課に同行すると、担当者の対応が変わった。住所が決まっていないうちに申請書をくれたのだ。 その後、Aさんは家賃の安いアパートを自分で探して住所を確保。申請が認められた。家賃と生活費の分で月に十万円強の保護費をもらうことができた。Aさんは翌年春には仕事が見つかり、それからは生活保護を受けていない。 同行者なしで生活保護の申請窓口である自治体の福祉事務所や生活保護課を訪ねるとどのように大変か、湯浅さんは著書「あなたにもできる!本当に困った人のための生活保護申請マニュアル」で説明している。 担当者に「本当なの?」攻撃にさらされるという。「本当に生活に困っているの?」「本当に働くところがないの?」「本当にだれも援助してくれないの?」といった調子だ。 生活保護は、国が定める最低生活費より収入が少ない世帯に不足分を支給する制度。資産や働く能力などをフル活用しても生活が成り立たない世帯が対象だ。 そのため、担当者がチェックするのは当然だが、生活保護に詳しい法律家らは「担当者に事情をしっかり話せず、泣き寝入りを強いられている人が多いのが実態」と指摘する。 泣き寝入りを防ぐのが、窓口への支援者の同行。支援者が「本当なの?」攻撃に理路整然と対抗すると、担当者の態度が一変することが多いという。 ホームレス状態の人に対して「住所がないと生活保護は受けられない」と突き放す対応は多くの自治体に広がっている。民間アパートや生活保護施設を紹介するなどして住所を確保すれば生活保護が支給できるので、疑問のある対応だ。 生活保護の申請同行をしているのは、ホームレス支援団体、各地にある民間団体「生活と健康を守る会」、貧困問題に取り組んでいる地方議員など。二年前からは申請同行に積極的に取り組む弁護士や司法書士が全国で増え、法律家らによるネットワーク組織が各地にできた。 役所の担当者とのやりとりに自信がない人は、その地域のネットワークに電話するのが賢明。必要に応じて、手配を受けた法律家らが役所に同行してくれる。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 同行が依頼できる主な相談先 首都圏生活保護支援法律家ネットワーク 048(866)5040 生活保護ネットワーク静岡 054(636)8611 東海生活保護利用支援ネットワーク 052(911)9290 近畿生活保護支援法律家ネットワーク 078(371)5118 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (白井康彦) (2009.1.15中日新聞) |
【雇用崩壊】生活保護など求め混乱続く 緊急宿泊所問題、一夜明け… 中日新聞 2009年1月14日 景気悪化で仕事や住まいを失った人たちであふれかえった名古屋市の中村区役所。緊急の無料宿泊所を確保できなくなった問題は13日深夜まで、支援者と市職員も入り乱れ、混乱が続いた。14日も朝から多くの人が生活保護申請や宿を求めて区役所に押し寄せ、解決策が見いだせない状況となっている。 14日午前零時を迎えるころ、市側は同日中に再び交渉の場を持つ、と回答。残っていた宿泊希望者は、多くが支援者のカンパで用意された旅館に向かったが、2人が支援者らと強制退去させられるまで区役所2階の講堂前にとどまることを決めた。 その場で夜を明かしたのは計10人。ストーブが止められた中、支援者らが持ち寄った毛布や買い出ししたコンビニ弁当で寒さと空腹をしのいだ。宿泊希望者の50代の男性は「ここまでやったんだから最後までここにいたい」と長いすに体を横たえた。当初、20人以上いた支援者らは午前1時を回ると10人ほどまでに。パイプいすや床に直接、毛布を敷いて寝る人もいた。 午前8時45分の受け付け開始には、約50人が並んだ。区役所に泊まった別の男性(45)は「1時間ほどしか寝ることができなかった」と疲れきった様子。市との交渉については「本当に前に進むのだろうか」と不安げに話した。 正午前、この日の緊急宿泊施設がすべて満室となったことが紙で張り出された。前日も宿泊場所を確保できずに支援者の補助を受けた男女は「もう打ち切り? 早いよ」と大きなため息。順番待ちの人であふれる待合所では、支援者らが「交渉するのであきらめないで帰ったりしないでほしい」と呼び掛けた。生活保護などを担当している同市保護課は「13日の段階と同じで、これ以上の対応は市として考えていない」と緊急宿泊所の新たな確保をする予定はない、としている。 (2009.1.14 中日新聞) ----------------------------------------------------------------- 【雇用崩壊】新米弁護士の献身 生活保護の申請手助け 中日新聞 2009年1月9日 住まいや仕事を失った派遣労働者を支援する東京の「派遣村」の活動に、社会人経験などのある法科大学院(ロースクール)出身の新人弁護士十数人が、ボランティアとして奮闘している。真新しい“バッジ”を襟に、生活再建を目指す派遣労働者たちの生活保護申請に付き添ったり、電話相談を手伝ったりと、懸命な活動ぶりだ。 一人は昨年末に東京で弁護士登録した河崎健一郎さん(32)。5日から、東京都千代田区などで集団で行った生活保護申請に付き添うなどしている。 窓口で申請する派遣労働者への対応がきちんとされているかを見守り、申請書の書き方に戸惑う人に丁寧に説明する。 1999年に大学卒業後、5年間は経営コンサルタントとして働いていたが、2004年に新しい法曹養成機関として、法学部出身者だけでない多彩な人材を集めたロースクール制度が始まるのを知って退職。都内の法科大学院の1期生として学び、新司法試験に合格。昨年、司法修習を終えた。 昨年末、東京・日比谷公園の「派遣村」に各地から人が集まったとのニュースがきっかけだったといい、「先生と呼ばれて気恥ずかしいけど、専門家として頼られているのを感じた」 千代田区や練馬区で生活保護申請に立ち会う加藤寛之さん(31)は、元は医学を志していた“転身組”。昨年12月に千葉県で弁護士登録。派遣村支援は「自分と同じ世代の働き盛りが簡単に放り出される社会はおかしい」と参加している。 (2009.1.9 中日新聞) |
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以下は、毎日新聞の記事です。
記者の目:派遣村で「住所不定」の過酷さ思う=東海林智 毎日新聞 2009年1月14日 おどおどと定まらない視線がこれからの我が身の不安を物語っていた。午前0時を回り、神奈川県から約20キロの道のりを歩いてたどり着いたという30代の男性は、凍えた手で野菜スープを受け取った。一口すすり「あーっ」と言葉にならない声を漏らした。聞けば、温かい物を3日も食べていないという。ストーブにあたると、こけたほおにようやく赤みが差してきた。 年末からの6日間を東京・日比谷公園に開設された「年越し派遣村」で過ごした。彼のようにろくに栄養も取れず、衰弱して村に来た労働者は大勢いた。久々の食事に胃けいれんを起こして救急車で搬送された人もいた。改めて、仕事と住居を突然奪われることの過酷さを思った。 派遣村が企画されたのは解雇や賃金不払いなどの相談に乗っている棗(なつめ)一郎弁護士の「目の前の1人を助けなくてよいのか」という一言がきっかけだった。その問いかけに私も賛同し、実行委員会に参加した。 労働問題に取り組む弁護士グループと労働組合は先月4日、労働者派遣法の抜本改正を求める集会を日比谷野外音楽堂で開いた。「約3万人の非正規雇用労働者が仕事を失う」との厚生労働省調査が発表された(後の調査では約8万5000人)こともあり、派遣法改正案の問題点を指摘する集会は盛り上がった。 ただ、集会だけでは仕事と住居を失った人を救えない。非正規雇用者から日々相談を受けている労組には、役所の閉まる年末年始に命の危機にさらされる人が出てくる事態の深刻さがすぐにのみ込めた。ナショナルセンター(全国組織)が違う労組が過去のしがらみを超え、わずか2週間で派遣村の準備をし、献身的に裏方として村を支えた。 村に集まった500人を通して改めて浮き彫りになったのは、住居を失うことが、再び仕事を得る上でいかに重い足かせになるかということだ。「仕事はいくらでもある」「えり好みをしている」。彼らに対するそんな批判が今回もあった。しかし、彼らは首を切られてから無為に過ごしたわけではない。わずかな所持金でネットカフェなどに寝泊まりしながら、次の仕事を探そうと必死にもがいてきた。しかし、住所のない人を雇う経営者はどれだけいるだろうか。人手不足と言われる職種に応募しても「住所不定じゃね」と雇ってもらえない。面接可能な会社を見つけても、そこへ行く交通費がない。履歴書にはる顔写真を撮影する金もない。にっちもさっちもいかなかったのだ。 また、今回、村には昨年末に職を失った人だけでなく、数年にわたり野宿をしている人も大勢、炊き出しを食べにきた。カンパに訪れた人に「野宿者に飯を食わすために寄付したのではない」と詰め寄られたことがあった。だが、村では当初から、野宿している人も区別せず食事を出し、対応すると決めていた。それは、現状で野宿をする人も、かつて何らかの事情で仕事と住居を失っているからだ。実際、野宿が長い人に話を聞くと、以前派遣や日雇いの仕事をしていて、仕事を切られたことをきっかけに住居を失った人がたくさんいた。彼らは、昨秋以降の世界同時不況より早い段階で切られただけで、同じように不安定な雇用の中で働いていた。 派遣村は、そうした雇用の問題を目に見える形で世間に問いかけた。その問いかけへの反応が、1700人に上るボランティアであり、米、野菜など送られたさまざまな支援物資であり、4000万円近いカンパだ。困難な状況に置かれた人への同情もあろう。しかしそれ以上に、こうした働かされ方への怒り、何とかしなければとの思いがあったのではないか。初日から連日ボランティアで参加した都内の私立高校生は「こんなことを続けていたら僕らに未来はない。ここをきっかけに変えたいと思った」と理由を述べた。 厚労省は日々増え続けた村民に対応するため、実行委員会の要求を受けて担当部局が正月休みを返上し、講堂を開放した。一義的には都が対応すべき部分もあり大変だったとは思うが、幹部は派遣法が招いた雇用の現実を知る良い機会になったのではないかと思う。現場のハローワークや労働基準監督署で働く職員で作る全労働省労働組合は、履歴書用の顔写真の撮影ができる機材まで用意して、連日ボランティアで就労相談にあたっていたのだから。 派遣村は、幻の村ではなく全国にある問題だ。人が働くとはどういうことか。派遣法はこのままで良いのか。多くの市民が支えた命を、行政、政治が真剣に引き継いでもらいたい。(東京社会部) 毎日新聞 2009年1月14日 0時17分 ------------------------------------------------------- 発信箱:パート切り=磯崎由美(生活報道センター) 3学期が始まった。娘たちを学校へ送り出し、ゆみこさん(45)は車で40分のハローワークへ急ぐ。整理券をもらって順番を待ち、ようやくパソコンに向かっても、子育てと両立できる求人は見つからない。 兵庫県に住むゆみこさんは昨年秋、建設関連会社のパート事務の職を失った。7年前に夫をがんで亡くしてからここで働き、母と子2人を養ってきた。会社は当初「子どものことを優先して」と理解してくれたが、建設不況で人減らしが始まる。昨年夏、娘の病気で数日休むと「もういいから」と言われた。 月10万円の手取りがなくなり、支給された失業保険は月8万円余り。それも会社が自己退職扱いにしたため、3カ月しか受給できなくなった。役所に相談に行った。「どうやって生活したらいいんですか」。詰め寄っても返事はなかった。 派遣労働者より低賃金のパート労働者にも契約切りが広がる。パートの7割は女性だ。人件費を減らしたい企業はパートへの依存度を高めてきたが、ここにきて求人は減少。加えて契約社員を安いパートに切り替える動きもある。年末に緊急相談を実施した連合岩手には今も相談が絶えず、三浦清副事務局長は「雇用危機が地場の中小企業にも及んでいる。余裕がないからパートに出るのに、働けなくなったら家族の暮らしはどうなるのか」と危機感を募らせる。 政治の注目を集めた派遣村の失業者207人に生活保護の支給が決まった。ゆみこさんの失業保険は2月で切れる。「経理や簿記の資格を取ったのに、何の役にも立たない。子どもがいる女性の雇用創出にも取り組んでもらえないものでしょうか」 毎日新聞 2009年1月14日 0時17分 |
生活保護を受ける、ことは国民の権利であり、
その逆では、けっしてない。
国や自治体は、市民に対する責務をちゃんと果たすべきだ。
2兆円の定額給付金についても、「いま・ここで」
暮らしが成り立たない人のためにこそ、使うべきではないのか。
すくなくとも、わたしはそう望んでいる。
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