常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

有機肥料

2012年08月21日 | 農作業


晴れ、朝から積雲が山の端に出て、今日も暑くなる予感。涼しいうちに畑仕事。2日間行かなかったために、ナスとオクラが肥大。市場への出荷なら規格外になっていた。だが、自家消費ならそんな心配はいらない。オクラでも大きくても硬くさえなっていなければ、おいしく食べられる。

ここのところの夕立で、十分な量ではないが、それでも野菜の実を太らせるには適した降雨量なのかもしれない。収穫の終わったジャガイモや葉もののあとに、自家製の有機肥料を埋めてくる。野菜の切れ端や果物の皮など台所の生ゴミをバケツに入れ、有機微生物入りのコーン粉を加えて発酵させたものだ。大量には作れないが、出来次第に畑に施している。ゴミの減量に加えておいしい野菜が収穫できる一石二鳥のボカシ肥料だ。

キュウリは峠を越えて、木の先の方にしか実がついていない。畑を効率的に利用するには、秋野菜のための畑造りを始めなければならない。そんな時、いろんな人が親切に教えてくれる。堆肥は地中深く十分な量を埋める。このとき土と混ぜ合わさない。土を細かく砕いて柔らかくする。特に根菜は、深いところまで柔らかくしないと、いいものが採れない。などなど・・。

そんななかで、ナスの樹勢が堅調だ。全体が大きくないり、枝も伸びて元気がいい。実をもぐと、へたのところにある棘が手にあたって痛いほどだ。秋ナスの収穫も期待できそうである。

採る茄子の手籠にきゆぁと鳴きにけり 飯田蛇笏

ナスは紫外線が大好きで、畑もゆったりとさせるのがいいらしい。秋ナスが美味しい訳は、昼さんさんと降りそそぐ太陽の光を、夜の冷気でぎゅっと凝縮するためだそうである。畑の都合でナスをトマトやキュウリの畝から離して作ったのが、うまくいった理由かも知れない。

百を聞いても、納得するには、実際に栽培しないといけない。植物の誕生から、実をつけて死に至るまでの全クールを経験してはじめて分かるのだ。それだけ、根気づよく立ち向かわないと、上手に野菜を作ることはできない。それだけに、やりがいがある。作業のなかで、安きに流れてしまう己の性格が、露骨に現われる。そこを見つめて、鍛えていくのは、苦しいが、反面楽しいことでもある。
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案山子(かかし)

2012年08月20日 | 農作業


家庭菜園をやってみて気づいたことがある。それは雀やカラス、鼠など人間のまわりに棲む小動物の威力だ。雀が田圃で米を食べる量は、年間1万トンといわれている。群れをなした雀が田圃に舞い降りると、稲穂を激しくゆらして穂を啄ばむ。人が近づくと、察知した群れはいっせいに飛び立つ。

1万トンといえば、日本人が1年間に消費する米が90キロといわれているから、実に166万人分の一年分の米ということになる。こんな事態に農家としても、手を拱いているわけにはいかない。田一面を覆うネット、稲穂の上をひらひらと躍るリボン、時間を置いて鳴る爆発音とまさに総力を挙げて取り組んでいる。そんななかで昔ながらのかかしの出番は少なくなっているようだが、たまに田の端で見かけると懐かしくなる。

雀が食べにくる時期は、本能的な勘によっていると言わざるを得ない。トウモロコシなら実が入って甘みが加わるころ、米では実が熟す前のミルク状の稲穂に来る。穂が出て花が終わる8月の末には案山子が立てねばならない。だが、その効果は限定的だ。はじめはかかしを恐れて寄ってこないものの、わずか1週間もすると、かかしを無視して田に舞い降りるようになる。

雀らとともに案山子を侮れり 徳永山冬子

かつて、小学校の唱歌で「かかし」が歌われていた。

山田の中の一本足の案山子
天氣のよいのに蓑笠着けて
朝から晩までただ立ちどほし
歩けないのか山田の案山子

山田の中の一本足の案山子
弓矢で威して力んで居れど
山では烏がかあかと笑ふ
耳が無いのか山田の案山子

こんな唱歌にも、かかしを役立たずと思う気持ちが込められているような気がする。かかしの語源を探ってみると、「かがし」であり、動物の死骸や魚を焼いた悪臭をかがせて鳥追いをした。節分の鬼払いに鰯の頭を戸口に立てる風習は近年まで残っていた。そんな昔の知恵が、かかし生み出したのだろう。

あまり見かけなくなった「かかし」が、「かかし祭り」などの行事で、観光客を集めている。上山市の「かかし祭り」は9月15日~23日まで開催される。

さだまさしの「案山子」には、子を都会に送り出した切ない親の心が唄われている。

元気でいるか 街には慣れたか
友達出来たか
寂しかないか お金はあるか
今度いつ帰る

山の麓煙吐いてる列車が走る
凩が雑木林を転げ落ちて来る
銀色の毛布をつけた田圃にぽつり
置き去られて雪をかぶった
案山子がひとり

お前も都会の雪景色の中で
丁度あの案山子の様に
寂しい思いをしてはいないか
体をこわしていないか
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いわし雲

2012年08月19日 | 登山


観天望気という言葉がある。気象庁の天気予報という便利なシステムがなかった時代、人々は空を見上げ、そこに浮かぶ雲の形やその変化を見て、明日の気候を予測した。それが観天望気である。

山行の場合、その成否の一番大切な要素は気象である。雨や雪が降るのか、風はどのくらいの強さか、雷の発生状況はどうか。いずれも人の命にかかわる重要な要素である。ウェザーニュースなどの登場もあり、ピンポイントでの予報の確度は格段に向上している。しかし、きのうの山行で遭遇したスコールのような豪雨、しかも登ろうとした山域に集中している状況を予報だけで避けるのは難しい気がする。

そこで、雲に注目する、という観点が必要だ。きのうは早々と山から帰って温泉で汗を流したが、露天風呂から空を見ると入道雲の北東に写真のようないわし雲が見えた。いつもは、この雲を見ても、秋の雲だなくらいの認識がなかったが、よく雲の本で調べるとさまざまことが分かってくる。

いわし雲、別名さば雲、うろこ雲。巻層雲という難しい名前がある。
高度は7000~12000mぐらいにでき、小さな氷の粒でできている。漁師はこの雲が出ると豊漁だと喜んだが、雨の前兆でもあるので、特に注意して雲の動きを観察したという。短時間のうちに雲の量が多くなり、空いっぱいに広がるようだと天気は下り坂だ。特に寒冷前線が通過したあとこの雲があらわれると暴風となるので注意が必要だ。



今朝は快晴で、空にはくひとつない。だが南方に一条の飛行機雲が見えた。その先に飛行機の白い機体が見えた。「飛行機雲が立つときは雨が近い」という諺がある。高度10000mを飛ぶジェット機はエンジンから水蒸気を含んだ排気ガスを出すが、高空の気温が-50℃であるため急激に冷やされて氷の粒となり、それが集まって飛行機雲になる。空気が乾燥していればこの氷の粒もすぐに蒸発して雲にならないが、空気が湿っていると飛行機雲ができる。そのために雨が近いのだ。



5分も経たないうちに、飛行機雲がばらけている。これは、飛行機雲が蒸発して消えていく過程なのかもしれない。



朝、あれほどの青空が昼ちかくなって、山の周囲から入道雲が出はじめている。この雲の発達如何で、夕方の雷や夕立になるかが決まる。山岳地帯で発生する雷雲は、その付近をうろついて消えていくものも多いが、きのうのように黒く発達すると雷をともなった夕立になる。

天騒ぎ摩利支天岳に雷おこる 水原秋桜子



2時になると、入道雲が空に広がっている。黒い雲の端のところで、雨が落ちているのが
分かる。川や山の水蒸気が夏のひざしに温められて上昇し、高度5000m付近で集まって発達した。



3時半、窓の外で雨の音がした。ベランダに出てみると沛然と雨が降っている。雲の解説にあったとおりの気象が目前で起きている。15分ほどの夕立である。風にのって雨雲がさったが、その後ろにまた新しい積雲が頭をもたげている。
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じゃがらもがら再訪

2012年08月18日 | 登山


きょうの山行は尾花沢の船形山だ。天気予報を何度も確認して行けそうだということで、5時半に自宅を出発。空は予報とは違って雲が多い。このところ、雨の確率が出ているが、ほとんど降らないので、何とか夕方までもつのでは、という甘い考えであった。それにしても、朝から蒸し暑い。天童の48号線から、東根へ向かうあたりから小雨になった。

それでも遠方の山は姿を見せていおるので、大丈夫ではと、車を走らせる。柳沢小屋の近くになって、雨がどしゃ降りになる。車道には雨が川のようになって溢れてくる。登山を諦めて撤退中らしいジープにすれ違う。山の形を残していた遠くの山もガスに飲まれていく。ここで船形山を諦めて、車をUターンさせる。

山道を降りると、雨は止んでいる。雨の降り方は極地的で、まだら模様になっている。晴れた向こうには、雲に隠された山がある。天童まで帰ってくると、ほとんど雨の降った形跡はない。干布地区にある越王山に登る。標高は215mである。山麓から15分ほどで頂上に着いてしまう。蒸し暑さはさらに強まっている感じだ。まだ7時だというのに汗がシャツを濡らしている。

予定を変えてジャガラモガラ山をめざす。この山中は標高500mほどである。遊歩道が整備されて、近隣の里山めぐりや雨呼山への道も整備されて歩きやすくなっいる。こんなに整備されてしまうと、麓からの距離感がなく、この地が姨捨の地であったという伝説も怪しくなるような気もする。



片手を入れられるくらいの風穴が、そこここに見られる。手を入れて見ると、たしかに涼しい風が出てきている感じだ。そういえば、ここは気温が24℃で涼しい。標高のせいもあるだろうが、風穴があちこちあるためにより涼しいのかも知れない。



ふと前方に、ススキの穂が出始めているのを見つける。暑い、暑いといっていてももう秋は来ている。イナゴやカマキリも姿を見せ始めた。



空を見上げると、入道雲がにょきにょきと競いたって頭をもたげている。俳句にある雲の峰だ。遠くだがゴロゴロと雷鳴も聞えてくる。

雲の峰雷を封じて聳えけり 夏目漱石

入道雲の頭が高度10000mほどの高さに達すると、偏西風のために東の方へ流れていく。そのために、むくむくと上空へと立ち昇る入道雲は、崩れて拡散する。芭蕉はこの現象を「雲の峰いくつ崩れて」と表現した。詩人の自然観察の眼は、あくまでも鋭い。
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ジンギスカン鍋

2012年08月17日 | 日記


送り盆を終えた。妻の実家には、仏壇のお参りに二つのお寺から坊さんがやってくる。墓のあるお寺のほかに、歯骨を埋葬しているお寺がある。お寺とのつきあいのない身にとってはとまどうことも多い。本当は夕方になって送り火を焚いて送るのだが、この暑さでは涼しいうちにということで早々と送りを済ませた。

お盆になると獄吏が休むので、地獄の釜の蓋が開いてこの世に帰ってくる。こんなのは俗信なのだろうが、年上の兄弟からそんな風に聞かされてきた。では先祖はみな地獄にいるのだろうか。正直を通して貧しく生きた来た義父も、地獄にいなければならないのか気にかかる。ものの本で、帰ってくるのは黄泉の国からということが分かった。そして去って行くのは「常世の国」と記されてあった。ひとまずは安心である。

月光にもゆる送り火魂送り 橋本 多佳子

この句に免じて、早めに送った魂には、常世の国で来年までやすらかに過ごして欲しい。

義母の食事が済んでから、蔵王へ涼みにいこうということになって、車を走らせる。平地では30℃を越えていた気温が、蔵王温泉の手前で26℃。空は雨雲が広がり、温泉で23℃を示した。信じられないような涼しさである。蔵王といえば名物のジンギスカン鍋。きょうの昼飯はこれに決めた。

かつては近所のご家族と一緒に、龍山を越えて共同浴場でひと風呂浴びてから夕霧のジンギスカンを食べた。野菜が足りないといって、わざわざ家でキャベツやタマネギなどを刻んで持参した。店の人は鷹揚にこんな持ち込みを許してくれたものだ。その夕霧はもうない。温泉の看板をたよりに、「ろばた」に車を止める。

「ろばた」のジンギスカン鍋も、かつての夕霧に劣らぬ美味であった。隣に席を取っていたご夫婦がしきりに鍋にカメラを向けている。聞けば、知り合いにここのジンギスカンを自慢するためだという。「ここの菜飯はうまいですよ」皿には青菜の葉にくるんだお握りが置かれていた。山形では海苔のかわりに青菜漬けの葉に飯を握って食べるのが昔から慣わしである。これがうまいと言うのは、ある世代である。つまり、戦後の食料難の時代に、かて飯など本来の素材のかわりを工夫して時代を乗り越えてきた世代である。

私を含めてこの世代は、おいしいものに飢えていた。鄙びた温泉に名物を求めてやってくる人の気持ちがよくわかる。
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