二草庵摘録

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「ギリシア人の物語 第Ⅱ巻 民主政の成熟と崩壊」 塩野七生(新潮社)レビュー

2017年11月01日 | 塩野七生
いや~おもしろかった、サイコーに堪能しましたね。
年末あるいは来年そうそう第Ⅲ巻の刊行も予定されているので、それまでに読みおえていたかった。あちこち寄り道していたため、遅くなった。第Ⅰ巻はペルシャ戦役、そしてこのⅡ巻はペロポネソス戦争を軸として書かれている。
主人公は前半がペリクレス、後半がアルキビアデスである。

そしてⅢ巻はアレキサンドロスの制覇について書く予定という。以前の著作にましてくり返しが多いのは少し気になったが、それも物語性を際立たせる叙述の一方法かも知れない。いつもいうようだが、挿入された図版、表の多さが、本書の理解を助けてくれる。
塩野さんは、その時代を画したリーダー=権力者に密着するのがじつにうまい(*゚ー゚)v
かといって、密着しすぎない、ほどほどの距離感。
信頼できる第一等資料、同時代人だったツキジデス(トゥキディディス)の「戦史」(ペロポネソス戦争史)が残されているため、塩野さんが想像・推測で補った記述は、比較的少ないと思える。

第一人者ペリクレスによって三十余年にわたる繁栄の絶頂を極めたギリシャ、アテネ(アテナイ)。
彼の死によって、アテネを盟主とするデロス同盟が十分な機能を果たさなくなり、ギリシャ世界は衰亡へと向かう。
その衰亡のプロセスを丹念に、具体的に、沈着な手つきで追っていきながら、時代の相貌を浮かび上がらせる。
わたしはつい、平家物語に見られる、戦記文学の伝統に思いをはせてしまう。

《アテナイの住民は富を追求する。しかしそれは可能性を保持するためであって、愚かしくも虚栄に酔いしれるためではない》
《アテナイでは政治に関心を持たない者は市民として意味を持たないものとされる》(ペリクレスのことば)
年がら年中戦争をしていたギリシャ人にとって、市民=戦士であった。したがって、戦士としての男性の、圧倒的な優位社会。

ギリシャの民主政は、直接民主主義に近いから、デマゴーグたちの影響が、一国の運命をしばしば左右する。
民衆は、景気のいい煽動に極めて弱い。
現代と違って、マスコミなどない時代。不安や不満を煽って、民衆=主権者の人気を集めるのが彼らの仕事なのだ。それはこの現代にも、そのまま通じている。良薬口に苦しというけど、民衆は苦いクスリは飲みたくはない。

民主政によって繁栄のいただきを登りつめ、民主政によって、その坂をころげ落ちる。
これは読みようによっては、塩野七生の現代日本に向けた「警告の書」である。
いや、間違いなく、大半の読者は、そう読むだろう。
歴史の推進力としての“戦争”。
七十数年の平和に馴れきってしまったゆえのゆるみを見据えて、塩野さんの歴史遍歴の旅はいましばらくつづく。

しかし、すでに相当なご高齢。
このあいだ「逆襲される文明 日本人へⅣ」(文春新書)を読んでいたら、「ギリシャ人の物語 Ⅲ」を書き上げたら、もうこういう長編は書かない、書けないといっておられた。
したがって、この連作は、もの書きとしての彼女のいわば店じまいの書となるのだろう。そのつもりで、わたしは読んでいる。



評価 ☆☆☆☆☆(5点満点)

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