
ほほーい ほい。
最後の雨だれがポツンと落ちて水たまりに波紋がひろがる。
雨がやんでどのくらい時間がたったのだろう。
雨が降るまえのきみと
雨があがったあとのきみのあいだに
長いながい黒板塀があってね。
見知らぬ家の台所でなんの役にもたたない思想がぐつぐつ煮えている音がする。
ほほーい ほい。
猫のコタロウがその家の奥から出てきて
もうさっそく日溜りをさがしはじめた。
ここを通り抜けたらこの町いちばんの大橋に出る。
板塀にそって ころばないように歩いていくのは退屈だけど。
金の雨 銀の雨がきみの耳の中に降りそそいだことがあった。
さっきモーツァルトを聴いていたときのことさ。
耳の奥で大勢の鍛冶屋が忙しげに動きまわっていたもんだ。
なにやら書き込みがある室内楽の楽譜のうえでだれも乗っていないブランコが揺れていて
その横を通過し 歩きつづけた。
きみの頭の端っこでもなんの役にもたたない思想がぐつぐつ煮えているのさ。
ほほーい ほい。
仕方ないよ「犬にでもくれてやれ」とはいえないから。
冷えてきた 冷えてきた。
もう切り上げ時。
まもなくこの胸の底へも陽がさしてくるだろう。